昨日はヨーロッパ、アジアから20人の外人が見学。今日はイギリスから2名の外人が来訪。丁度弟子が折り返し鍛錬をしていたので日本人と共に見学をして全員が向槌を打ちて、日本刀はアートではなく武士道を学ぶ者が腰の一刀に命を懸ける武術品である事を説明。外人は皆日本刀を武術品として見ている。日本人だけが美術品として外国へ間違った事を宣伝している。目覚めよ斬れない刀を造るアート刀工。
弟子刀工が造った玉鋼は松炭に雑木炭を混ぜていた様で火力が不足してとても刀用にはならず。どうも還元作用が理解されていない。卒業した弟子の中にも炭代をけちり雑木炭を使用して炭素量が低く傷だらけの包丁を製作している者もいる。刀造りは玉鋼から始まるので火力のある松炭を使用しないと切れる包丁、刀は造れない。炭代をけちる様では武士の魂は出来ない。
昨日の片道200キロ余りの運転の疲れなるか今朝は体中が痛みて休む。帰り道にある米子市の皆生温泉にて入浴して疲れを取らねばもう参拝は無理になる様である。体が続く限り参拝をして折れず、曲がらず、良く斬れて地金の働きのある本物の日本刀を1振りでも多く残したい。後世必ず分析されて日本産砂鉄を使っていたか、外国産砂鉄であったのか現代刀は白日の元に明らかになるであろう。日刀保たたらは砂鉄の産地を開示するべきである。
5月の月参りに妻と娘の3人で金屋子神社へ参拝し1日も早く心臓病が回復して1日刀造りに取り組める事を祈願する。倒れてより7カ月が過ぎ随分と体調も良くなり半日位は作刀が出来る様になったが無理をせず弟子の口頭指導をしながらの刀造りを進めている。
新入生のW君が左手の抜糸をしたが当分は見学。ヘルメットをかぶり自転車に乗っていたので大事には至らず幸いであった。午後は昨日包丁の焼き入れをしたK君の包丁を研いでみる。焼き入れ温度が高かったようで数度焼き戻しの温度をかけて鋼に粘りを持たせたので斬味は非常に良く連休後半に販売予定。
昨日と違ってやっと快晴の空となり刀2振りにせんかけをすます。K君が私の余った鋼を鍛錬し包丁の火造りを2本していたので土置きをして焼き入れてベルトサンダーで荒研ぎをすます。無傷で良く出来た地金である。この調子で行けば来年の刀工試験は間違いなく合格である。刀工試験を受ける3か条。1学習能力がある事 2身体の運動能力 3手先の器用さに加え努力、工夫に真剣に取り組んでいる。妻子にかける苦労は合格する以外無し。
朝より小雨が時折り降る曇天の空。この天気ではせんかけが出来ないので定休日出勤は止めて疲れた体を休める。風邪を引いた弟子が3人もいるがアルバイトに行けたであろうか。働きつつ学ぶことは決して楽ではないが卒業した16人の弟子は日中作刀を学び夜はアルバイトに出ていたので信念をもってやれば必ず出来る。我等には日本刀維新の使命がある。
朝一番は私の折り返し鍛錬を3人の弟子に見せ、その後K君が玉鋼の折り返し鍛錬をするが日刀保玉鋼は強く沸かすとクラックが入り刃物には不向きと言う。4年程前まで製鉄所で鋼を造っていたので鋼の性質を調べるプロの製鉄マンの言葉には重みがある。4人の弟子の中では1番の努力家であり来年の刀工試験を目指し猛練習中である。他の弟子もK君に続き刀工になって欲しい。
弟子2名が私の鍛錬用の梃直しをしているが刀工試験を受けるのに必要な3条件が揃っていない為に最後は梃を台無しにしてしまった。修行年数から言えば技術力が全く無いので頭を悩ます。刀鍛冶になるのには必死の修行がなければ刀工試験に合格しない。明日はもう1人の弟子に折り返し鍛錬をさせてみる事とする。
朝から弟子3人が交代で折り返し鍛錬の練習をして、午後に香港の大学院から学生20人が日本の伝統文化を見学に来るので張り切っている。午後は火花を散らして向槌を打つ工程に歓声が沸き、香港人も向槌の体験をして満足する。その後もフランス人が訪れ、明日もヨーロッパから10人余りが来訪予定。連休も始まり問い合わせが多くなる。