朝は玉鋼の小粒をまとめる降し金を弟子に見せる。午後は弟子の鍛錬と弟子刀工の火造り指導をするが技術的には非常に低く刀工維新の先兵になる能力は不足している。今まで死ぬほどの努力をしていないからである。本当にプロの刀工となる気はあるのか疑問を抱く一日であるが一人だけは努力と工夫をしているのが救いである。
日本刀の正気は武器である。たとえ使う事がなくても抜けば武器となり我が身を守り国体を守る。そんな常識が判らないニセ刀工を排除するには弟子達が作刀技術を上げなければならない。日本精神の上に日本刀があり国体を明らかにしなければならない。いま外国人は日本刀と共に日本人に秘められた尚武の心を見ているから見学者が増えるのである。見るだけで息が切れるものは本物の日本刀ではない。本物の日本刀を世界に発信しなければニセ刀工ばかりになる。
脇差の余った地金をW君が火造り、土置きをしたので私が焼入れてW君の包丁研ぎの練習用とする。T君に頼んで米国へ送る包丁の通関手続きをする。T君は英語も話せるし、スマホで米国人に書面も出せるので助かる。刀工も狭い日本から世界に打って出るには各地の言語が必要な時代であり特にフランスからの来客が多くなったので騎士道の残る国には日本も武士道が残り、刀に命を懸ける尽忠報国のサムライと刀鍛冶が残って日本の文化伝統を守っている事を伝えねば斬る事を忘れたアートの刀鍛冶がはこびるのである。
道には必ずその道の基本があり鍛刀道にも刀を鍛える前の準備が決まっている。弟子はその道に従う事をしないのでいつ迄経っても刀が出来ない。親方の命を懸けた刀造りを真剣に見ていないので親方と違った事をするのである。刀の命のやり取りをする武器である。刀の本質はここにある。その事を知らねば刀はアートです。身は刀剣作家ですと名乗る刀工となる。日本の文化伝統を受け継ぐにはふさわしくない日本人である。
産地の異なる3種類の砂鉄を組み合わせ、より切味を上げる玉鋼を造るのに松炭を使わずラオス産炭で操業。油分の多い炭なので火力は松炭と同じ20キロの砂鉄で6.5キロの砂鉄玉鋼を造る。砂鉄量を増し長時間操業すれば歩留りも多くなる計算。注文刀の製作が終われば包丁の試作の予定。弟子が多く松炭が不足するので代替えの炭で急場をしのぐ。
大雨が降るのでたたら炉を解体して明日の操業に備えて塗り直す。梅雨明け迄にしか作刀が出来ないので雨の日は玉鋼の材料に種々の砂鉄を使い注文刀の要望に応える地金を造らねばならないので大変である。雨が降り涼しいので弟子達は鍛錬に精出す。
早朝より玉鋼30キロを1人して切断。梅雨入りして雨が降りずい分と涼しいので梅雨明けまでに注文刀を仕上げたいので仕事をする気の無い弟子は邪魔になる。出来ない弟子程金儲けに手取りの早い包丁を造るので一向に技術が伸びないのは自明の理である。私の意にかなう若人に巡り合いたいものである。
硬い地金を鍛えると振動で手と足が痛み昼食後2時間を休み皮鉄と心鉄を合わせる造り込みを弟子に見せる。仕事の内容よりも多少体調が悪くてもプロである以上は受けた注文刀に立ち向かう心意気を知ってもらいたい。命を懸けて武道で使う刀はアートではない。石器、青銅器、鉄器と発達した刀の意味は古事記に学ばねばならない。三種(みくさ)の神器(みたから)にどうして剣があるのかを知らずして刀工とは片腹が痛い限りである。名誉も地位も捨て尽忠報国の精神で刀を造らないから刀は見るもので使うものではないとの戯言が口から出るのである。
目と手足の痛みを堪えて九州砂鉄の玉鋼を鍛える。チタンの多い玉鋼には悩まされる。仕事の出来ない弟子は定休日で休むので一向に技術は上達しない。今年の刀工試験12人中合格者はわずか2名であるが弟子達はこの2名に入る自信はあるのか。刀工養成所に何年いても技術が無ければ刀工になれない。不屈の精神をもって命がけの修行をしなければ刀工として生活が出来ない。私の元で刀工資格を取った弟子は16名と多いが刀鍛冶で生活が出来ないので包丁鍛冶で糊口をしのぐのが現実である。弟子は努力が無いので口ヒゲを生やしたり、あごひげを伸ばしたり、チョンマゲにしてそれらしい姿にするのである。
昨日の大雨で涼しく朝10キロの玉鋼を真赤に焼いて細かく切断して折り返し鍛錬用にする。次々とまとめて沸かしW君に見せ終わると昼食。午後は暑くなり1回の折り返し鍛錬が限度。日中に台風の雨が降れば助かるが空は夏空に戻る。梅雨明けまで幾振りの刀が出来るだろうかと計算してみる。