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刀鍛冶の日々:bizenosahune.blog67.fc2.com/

 

↑ 過去の記事(令和2年4月13日以前のブログ)はこちらで見てください。

 日々の仕事内容や感じたこと、出来事を書いています。

  


8月18日


昨日の折り返し鍛錬の疲れが残るが雨も降り止んだので足腰が衰えない様に山歩きへ。参加者は8人と少ない。雨が降った後の急な山道歩きは危ないので1時間ほど平坦な道路を歩く。今日の参加者は全員70代の後期高齢者だが全員元気である。私も鍛冶場で歩き廻る事が無いので両足の筋肉が落ち足が細くなってきた事が判る。そのせいかスプリングハンマーを踏むと足が痛む。体力を回復させて弟子が卒業するまでは現役を続けたいものである。


8月17日


乾いた大地に昨夜から大雨を降らす。今朝も雨の名残があり朝から折り返し鍛錬を進める。昼には雨も上がったので鍛錬もここ迄。久し振り心ゆくまで鍛錬が出来たが次はいつ雨が降るやら。早く刀造りの出来る秋が待ち遠しい。


8月16日


20年近く炉に使う耐火物を購入していた会社が小口の販売を止めるので最後の炉材を買うのに弟子と一緒に出向く。今迄軽々持ち上げていた炉材の袋が重たくてならない。年を取り体力が無くなった事を感ずる。午後は包丁2本を研ぎ上げる。空は真っ黒な雲でおおわれ明日は大雨の一日となるので鍛錬が出来そうである。


8月15日


朝4時起床。連日暑さも厳しく今日は休日にしようかと迷ったが鍛冶場へ。作業の進んでいる弟子は週末の無料公開の横座で他の弟子の向槌で折り返し鍛錬の練習をさすのでその時に使う鋼を積み沸かしを繰り返し重ねて造る。盆休みに帰省しない弟子にも初めて見せる方法。これで今週弟子が修行する鍛錬用意も完了。朝も8時になると室内温度は40度に達するのでテストピースの鍛錬も中止する。下着迄汗にまみれ氷水で体を拭き着替えて帰宅。


8月14日


昨夜は大雨が降ったので大地はしめり涼しいので弟子が鍛錬の練習に使う降し金をして昼迄に完了。弟子の入門時期が違うので足並みを揃えなければ3者3様に教えなければならず私の時間が無くなるので9月半ば迄に遅れている弟子を重点的に教える予定にしている。松炭の入荷先も増えたので安心して仕事が出来る。地球の温暖化で夏の暑さが長く続き冬の時期は短く春はすぐ暑くなり老体の身には暑さが身にしみる。


8月13日


今日から3番弟子も盆休みで帰る。日中はまだ暑いが朝夕は少しだけ涼しく吹く風も変わる。粗末な小さい私の鍛冶場にも心地良い風が流れる。椅子に座って神棚の下に吊り下げている弟子の遺影に話しかける「盆も始まった。御父さん、御母さんも待っているので帰ってあげたら」 君の魂は刀が好きなのでいつも親方の仕事を見ていたいと言う。それならなぜ自殺したのか。私の心はずっと痛みが止まない。私に霊力があれば話してみたい事も沢山ある。年齢的には孫の様で在りし日の君の笑顔が浮かんでくる。わずか20歳で人生を終わるのはあまりにも早過ぎた。


8月12日


曇空で少し涼しく包丁3本分を素延べ。盆明けに弟子の火造り練習用を用意。注文の包丁の地金をまとめて1回折り返す。朝火床の塗り直しをして直に使用したので水分が十分に取れていないので火力が少し弱い。午後は市販品の包丁の研ぎ直し。汗がしたたり落ちる。


8月11日


今日から盆休みなれど弟子1名が包丁の研ぎをしているので居間でテレビを見て過ごす。昨日焼入れをした包丁を私に見せずに自分の判断で焼戻しをしたので包丁の斬味は悪くなり明日再度焼入れをしなければならない。包丁の地金は日立金属の近代製鉄で均一な炭素量ではなく砂鉄の種類や操業方法で炭素量も異なり又折り返し鍛錬で脱炭素量も異なる。焼温度や焼入水温によって斬味は大きく違って来る。経験の浅い弟子では親方の指導が無ければ自分1人では出来ない。それでも他の弟子が休んでいる時にする研究心は評価する。


8月10日


今日は弟子が鍛えた鋼を素延べをし火造り、焼入れ迄を進めるのを見ていた。指摘する事は多々あるが1番大事な事は親方の仕事ぶりを真似する事が抜けている。親方の言う事を聞かず自分勝手な事、動作をしていては刀工にはなれないし徒弟制度が残る社会では生きていけない。どれだけ弟子を破門にした事か。親方が「カラスの頭は白い」と言えば白である。技術伝承と共に刀を造る事を習う心構えが1番大事である。


8月9日


今日の暑さは厳しいが3番弟子が連日包丁研ぎ。そのかいもあって包丁の平面を出す作業が1、2番弟子に迫って来た。3人共に刃先を真直ぐにそろえる事が十分に出来ていないので私が刃先を研いで仕上げる。この暑さでは火を使う作業が出来ないので当分は包丁研ぎ。弟子の包丁研ぎのスピードが上がり盆過ぎには研ぐ包丁が無くなる。秋からは弟子が脇差の火造り練習に入る予定なので各方面に炭入荷先を探している。


8月8日


昨日の早出鍛錬の疲れが出た様なので今日の休日はゆっくりと過ごし、午前中に妻と2人して生花店に行きお盆用の花を送る。孫の様にかわいかった弟子が逝きて秋には4年となるがつい昨日の様に思える。その翌年には最後の弟子が巣立つ。最後の力をふりしぼり宗像大社への奉納刀をはたしたのが74歳。後はゆっくり過ごす予定であったが縁有りて3名の弟子が入門。力も弱り老いた体でどこまで弟子を育てる事が出来るかと不安もあるが鉄の祖神金屋子の大神様に健康で無事弟子達を卒業さす事を祈っている。


8月7日


今朝は4時から弟子の来る7時迄鍛錬。丁度温度計は40度に達したので終了。暇な時に素延べをして弟子の火造り練習としたい。初めて包丁造りをした3番目の弟子が研ぎの練習を午後3時迄するが疲れたので3時に銘を切り今日は終わる。来週からは一段と暑くなるので包丁研ぎの練習を予定。


8月6日


3番目の弟子による包丁への土置き、そして私が焼入れ、ベルトサンダーで荒研ぎ。1番弟子が自分で鍛えた包丁の研ぎをするが1砥石ごとに私の研ぎ直しが必要で疲れるがこれも弟子が避けては通れない工程である。将来独立した折に地金のテストピースとして造り、刀の注文が無い時はこの包丁を研ぎ上げて生活の糧として刀造りを支えなければならない。


8月5日


朝から3番目の弟子が包丁の火造りをするので2番目の弟子に指導をさせる。その間に注文の包丁を研ぎ上げる。午後は黒い雲が沢山空をおおって今にも大雨になりそうなので2番目の弟子が鍛錬に入るが夕方迄雨は降らず、隣町は大雨が降る。弟子が熱中症にならない様に室温が40度になると鍛錬は中止にして他の仕事をさす。


8月4日


暑い日が続くので早出をして2日間鍛錬をしたので疲れが出たのか今日の山歩きは途中止めをした。高齢なので今年の暑さは身にしみる。弟子がいなければもう少しのんびり出来るがそうもゆかなく今日の休日は寝て疲れを取り明日に備える。気分は若いが体がついてこないのが現状。それでも頑張って民族の魂を打つ愛国心にあふれた品位のある刀工を育てたい。


8月3日


暑い日が続くので朝のみ包丁造りをしているので弟子2名が見学。朝8時になると気温も高くなり熱中症を心配して中止となる。7月末迄に製作した包丁が沢山有るので午後3時迄は包丁研ぎの練習をし、それを私が手直しをする。私の元を卒業した弟子達も刀製作だけで生活が出来ないので包丁を造りなんとか刀工を続けていられるので今の3人の弟子にも最初の1年間は刀造りの前段階で包丁造りをさせている。時折弟子の包丁も売れる。


8月2日


余りにも暑いので今朝は5時より作業開始。玉鋼の中に銑が含まれているので鍛接しずらく7時で休憩。直ぐに弟子が来るので8時過ぎ迄弟子の鋼を協同で鍛え終わる。弟子と2人で包丁の研ぎ練習、もう1人の弟子が柄を付ける。昼前に壊れたスプリングハンマーの溶接と忙しい。


8月1日


金屋子神社への月参り。神に祈って赤心報国の道を歩むのみ。山陰の夏は体温を超える暑さ。


7月31日


総員6名。鳥取県三朝町、羽合町にある大東塾14烈士の内2名の墓碑周辺を1年振りに清掃。自宅庭から持参した榊を花立に。


7月30日


弟子が造った包丁を朝から弟子が研ぎの練習。鋼の中に鉱滓が残っているので地金のしまりが悪い。鍛錬の時に沸かしが不十分が原因。午後から私の研ぎの手直しを3時迄かけてなんとか売り物になる斬味に仕上げる。半年の修行の割には出来ているので年末位には一人で造れる様になるだろう。今日も暑かった。


7月29日


早出して地金の研究用に造った包丁を研ぎ終えた所に7月に入門した弟子が来たので初めて折り返し鍛錬の練習をさす。今迄に兄弟子2人の鍛錬の見学をしていたのでスプリングハンマーも上手に使い鍛錬も上手にこなす。なかなか器用な弟子である。午後は研ぎの練習で終わる。弟子3人共に初めての夏なので熱中症を起こさない様にしなければならない。


7月28日


暑くても山歩きは足腰を鍛えるのに休めない。家に帰って風呂で流すと夕方迄休む。最近気付いた事だが今までトイレの中は小用を足すと泡で表面がうまっていたが膵臓からインシュリンを出す薬の値が倍になって糖尿が改善されたのか泡が非常に少なくなっている。7月始めの検査では腎臓の値も改善されていた。糖尿病の専門病院に変わって良かった。毎年夏は血糖値が上がるので食生活と仕事量に気を付けたいと思っている。


7月27日


早朝の涼しい時間帯にベルトサンダーをかける。以後手研ぎに移るが山本君が火床を使っているので熱く汗は流れる。弟子の研いだ包丁も手直しする。当分雨の降らない日は包丁の研ぎになる。展示場の包丁も在庫は1本しかないので急いで研がなければならない。


7月26日


朝から7本の包丁に土置きをして金屋子様に焼き入れ成功を祈る。丁度焼き入れ炭も有り弟子が見守る中次々に焼き入れをすます。炭が細かく温度が揃ったので刃文も土置き通りに入る。午後暑い中をベルトサンダーで荒砥ぎをするするが眼鏡に汗がしたたり落ちる。明日は早出をして太陽光がささない内にベルトサンダーで下研ぎ迄進み手研ぎに入る予定。この暑い中山本君は鍛錬をするが66歳なので熱中症を心配する。研師さんから刀が研ぎ上がったとの電話が有り受け取りに行く。九州有明の砂鉄なので地金の出来は申し分ない。


7月25日


休日予定であったが松炭が入るので鍛冶場にて最近私が鍛錬をして弟子が火造りをした包丁7本を研ぐ。今迄は槌跡が多くベルトサンダーで表面の酸化鉄を削り落とすのに手間取ったが今朝は早く仕上がる。明日は土置きをして焼き入れをしたい。岩手県の松炭が入荷するが県内産の松炭の2倍の値段なので包丁造りに使えなく刀製作のみ使用とする。


7月24日


朝6時前より鍛錬を2時間して終わり秋迄は雨の日のみ弟子の沸かしの勘が鈍らない様に鍛錬とする。昨日上手に出来なかった弟子の火造りも今日は研究して上手に出来る。この包丁の火造り練習が脇差の火造りへと結びつく。頑張れば出来る。左手の人差し指の爪が取れそうで痛み血は皮膚内にある。幸い夏は鍛錬も火造りも無いので助かる。


7月23日


涼しい朝の時間に弟子2名に包丁の火造り練習をさせがとても合格点にはいたらず。東京の刃物店より取材に来りて包丁製作の全工程を見せて包丁2本を御買い上げ頂く。明日よりは暑さも厳しくなるので弟子の鍛錬は今日で終わりとする。暑いので私も明日2時間程鍛錬をして弟子の火造り練習の包丁造りをする。以後は今迄の火造りの終わった包丁を順次焼入れをして包丁研ぎの練習を弟子の仕事として夏の暑さをしのぐ。松炭も来週入荷するので心配も無くなり心身共に少し落ち着く。


7月22日


今日は早出して弟子2名に折り返し鍛錬を7回見学させて包丁2本分を素延べして午前中で終わる。明日は東京から包丁店が取材に来るのでその用意。昨年は包丁が400万円売れて弟子の炭代にしたが今年は弟子が2名入門したのに包丁の売れ行きは悪くとても炭代が出なく包丁店の力も借りなくてはならず、ぎゃらんにも備前長船の地域おこしで体験会の宣伝を御願いする。この2年余りはコロナの影響で週末の見学者も無く包丁の売り上げは非常に少ない。

午後は耐火物を購入して火床の塗り直しと炭切りで終わる。耐火物製造工場も小売りはしない事となり在庫を2年間分仕入れる。


7月21日


昨日は炭の問屋さんと連絡が取れ松炭が入荷する事が決まり安心して炭を使う事が出来る様になり昼迄鍛錬をしたので今朝は左足が痛む。今日は週1回の山歩きなので参加した。同世代なので話す事は健康問題に行き着く。私も奉納刀製作で体力、気力の全てを使い切り以後は気落ちしていたが山歩きに参加する様になってから体力も取り戻しつつある。これ以上体力を落とさない様に弟子の巣立つ80歳迄は山歩きを続け無理のない範囲で一生刀工でいたい。


7月20日


今刀工を目指す弟子3名を育成しているが鋼と松炭が無くては日本刀を造る事が出来ない、全国的に炭焼窯で生計を立てている人は皆無に近い。先ず松くい虫が広がり炭にする松が無い事が一番の原因であり、二番目には炭焼きの後継者がいない事である。将来は刀工自らが炭を焼かなければならない時代になるかも知れない。私の弟子の中にも自分で松炭を焼き刀造りを続けている者もいる。日刀保も売れない玉鋼を造り続けるよりも資金があるので全国の刀工が刀造りが続けられる様に炭焼きの事業に手を広げるべきが日本美術刀剣保存協会の役割である。今日は幸いにも松炭の出荷先と連絡が取れて松炭が手に入る様になりこれで弟子育成も出来る見通しが出来た。


7月19日


昨夜はワクチン接種で痛むので外科でもらった痛み止めを飲みシップを貼り寝るが大雨が続き眠る事が出来ず炭の入荷を考えていた。今日も大雨は続く。丁度休日なので痛む腕を休ます天気である。県内の炭焼窯の方から岩手県の炭を取り扱っている所を教えて頂く電話があり、又鍛冶場の弟子から岩手県の炭屋さんから手紙が来ているとの電話がある。ひょっとすると炭が入荷するのかもしれない。弟子が沢山いると弟子が使う炭も鋼も無料なので他の刀工は生活が大変なので弟子は取らないが、私は日本の伝統文化を守る刀工を育てるために努力する事が私の愛国運動だと大きな目で見ている。出来れば文化庁が音頭を取り東北に炭焼きの一大産地を造れば全国の刀工が安心して刀造りに励みが出るものである。日刀保玉鋼も沢山の在庫はある。鋼と共に炭の生産も考えなければ伝統は失われる事になる。


7月18日


高齢で糖尿病があり4回目のワクチン接種を待っていたがやっと今日接種をすます。今回は今迄3回共に接種による痛みは無かったが今回の痛みは激しく感ずる。後5年間は元気でなければ弟子を育てる事が出来ない。

今日朝早くに出て弟子の鍛接不十分な鋼を鍛え直すが傷だらけでどうにもならず貴重な炭と鋼を無くした。


7月17日


朝から二振りの刀に銘切り。指の痛みが治ったと思ったが銘を切り始めると関節が痛みだし指がはれてくるが途中止めは出来なく続行するが余り良い銘ではなかった。歳のせいもある。午後は弟子の包丁研ぎの指導。明日からは私が包丁を鍛える事にして弟子は見学予定。


7月16日


今日は弟子3人が揃ったので山本君が横座に入り折り返し鍛錬を2回して撮影。その後私の指のケガも3週間ぶりに治り弟子の鍛造した包丁4本に土置きをして焼き入れ。4本共に傷が出る。弟子はこの原因が何かを研究しなければ進歩がない。故今泉先生に言われた努力と研究は自分でするものと言われた言葉を思い出す。


7月15日


午前中は包丁の取材。午後は入門弟子の買い物に案内。明日からはいよ々修行に入る。頑張って刀工になり日本の伝統を守って欲しい。


7月14日


雨が降るので山歩きの参加者は7名と少ない。高齢者ばかりで雨の山歩きは危ないので平たん地を歩くが左足は痛む。左手指を痛めていたがなんとか痛みも和らぎ関節も曲がる様になってきた。これで口だけの弟子の指導ではなく作業を弟子に手を取って教える事が出来る。入門した弟子も時期が違うので基礎を揃えて教えなければならないので折り返し鍛錬、火造り、焼入れは冬迄包丁造りを続ける。


7月13日


夏の鍛錬は新弟子には熱中症の恐れがあるので早朝2時間程で終わる。青天が続くと鍛錬は出来ないので雨が続くあと一週間程で終わり鍛えた鋼を火造り、焼入れ、研ぎの作業となる。今日は私もスプリングハンマーを使って弟子に見せるが左足かかとが痛む。2階の仕上げ場で刀にヤスリがけを行うが指も痛みて体調悪し。


7月12日


指は痛むが関節が固まってしまうと困るので今日より中心仕立てを少しづつ進める。右手小指も関節が固まって小指が真直ぐに伸びない病院の完全なるミス。左手小指が固まると銘切りに支障をきたす。弟子が卒業する迄は健康でいなければならない。弟子それぞれの人生を預かっているので毎月の月参りにはいつも元気に刀造りが出来る事を金屋子神社の大神様に御願いをしている。


7月11日


左手人差し指を痛めてから16日になるが関節が痛くて銘切りタガネが使えない。早く手が治る様に作業は休んで弟子の指導の毎日である。指の関節が曲がらなくなれば困るので痛さをこらえて指を曲げる練習をしている。年を取れば治りが遅いものである。


7月9日


昨日は弟子2名の指導、来客等も有り夜は万葉集の勉強会と忙しかった。睡眠薬2個を飲むが目がさえて朝迄眠れず頭痛。選挙投票、整体をすます。朝のかかりが遅くなったので暑くて火が使えず弟子が包丁の研ぎ。午後は切味を求めて研ぎ直し。汗が眼鏡にしたたるので居間にクーラーを入れて休む。もう少し戻り梅雨が続けば弟子の折り返し鍛錬が続けられるので雨が続いて欲しいものである。


7月9日


朝雨の降らない時間帯に県内の炭焼窯より138袋、約70俵の炭が入荷。在庫と合わせて120俵ではとても10月の炭焼が始まる迄はもたない。弟子が増えたので炭の使用量も増えたが出来るだけ倹約してもちこたえたい。今夜は万葉集の勉強会があるので今から出掛ける。


7月8日


早朝まだ暑くない時間帯に弟子の折り返し鍛錬に入る。時折私の指示を交えながら進むが短い期間に良くここ迄上達したものと山本君と話す。プロの刀工になるのは故今泉先生から「努力と研究は自分でするもの」と教えられたがその通りであり刀工としての不屈の信念がなければならない。それは日本の文化と伝統を受け継ぐ信念がなければ生活の糧の手段で終わる。だから刀工として生活が出来なければ刀工を止めて転職する事になる。

阿部元首相撃たれる。


7月7日


朝から足腰を鍛えに山歩き。暑いので参加者は12名と少ない。終ると以前に痛めた左踵もひどく痛むのでソファに横たわりテレビを見ながら休む。左手人差し指のけがも痛みが和らぎ後1週間ほどで作業が出来るのでは。それまでは弟子の指導。最近は週休2日制にも慣れてきた。


7月6日


朝5時過ぎ鍛冶場へ。包丁3本を荷造りをして鍛錬開始。2週間後の包丁造りの撮影の準備を正味2日間で仕上げる。まだ鍛冶場は35度の室温なので新たに鍛錬の練習をさす。弟子の人数が少なくて持ち時間が多いので鍛錬温度を火花で判断する事が上手になる。今迄の弟子以上に技術は上達し教える私も楽しくなる。室温は45度に達したので鍛錬は止め包丁の研ぎの練習をさす。研ぎも慣れて上手になってきた。又夏が戻った様である。


7月5日


台風4号も熱帯低気圧となり岡山県南地方は曇空。朝から糖尿病専門の病院へ。膵臓からインシュリンを出す薬の効果が少ないので倍の量の薬に変える。弟子が居るので80歳迄は元気でなければならない。午後は弟子の鍛錬を指導。炭の入荷が決まったので安心して作業が出来る。


7月4日


台風4号の接近で雨が降り涼しくなると思っていたが夜半通り雨が降っただけで日中は曇空。それでも太陽光線を受けない分楽である。猛暑が続き弟子の鍛錬練習が出来ていない分を休日の今日早出して教える。入門初期の鍛錬練習は毎日続けないと身に付かないものである。予定より炭の消費量が多く後在庫の炭は30俵位で心細かったが県内の炭焼窯から週末に70俵程入荷するのでとりあえずは一安心。弟子も増えたので炭の入荷先を後1軒位は増やさなければと思っている。炭が無ければ玉鋼も刀も出来ないが年々炭焼窯は減っている。炭焼窯で炭を焼いてもそれで生計は成り立たないし、人間も高齢化して炭を焼く人はいなくなる。それでは刀を造る事が出来なく日本刀の文化は滅ぶ事になる。全国的に松くい虫の被害も広がり原木も入荷しずらく岡山県の場合は備前焼の割木も松で競合している。そんな中で弟子をずっと受け入れているが途中辞めの弟子や刀工になっても刀造りを止める弟子も多く残る者は入門者の2割しかいないのが現状である。他の者には炭と鋼を使わし時間を奪われただけであった。今の3名の弟子にはなんとしても刀工となり次の世代に刀造りをバトンタッチして欲しいものである。


7月3日


夜半から雨が降ったので涼しく午前中は鍛錬。午後は天気も良くなったので銘切りの練習。2日間も銘切りをすれば銘の線が生き生きとしてくる。明日の休日も午前中は鍛錬の練習予定。


7月2日


今朝は寝不足で頭痛。暑いので熱中症を心配して弟子には銘切りの練習をさす。昼休みに春から入門を希望していた県外の男性が父親と来訪。借家も決まり電化製品を購入の途中らしい。これで今年2名の入門。もうこれ以上の入門は無し。少しでも刀工の夢を実現させてやりたい。