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7人。  

 

刀鍛冶の日々:bizenosahune.blog67.fc2.com/

 

↑ 過去の記事(令和2年4月13日以前のブログ)はこちらで見てください。

 日々の仕事内容や感じたこと、出来事を書いています。

  


5月17日


今日は初めて焼入れの終わった刀の姿を直し中心を仕上げる刀身仕立てを見せる。視力も落ちた事を覚ゆる。中心仕立てのヤスリ目入れは明日に持ち越す。蔓延防止の規制も取れたので来客は増える。


5月16日


休日なので軽四の6カ月点検を受けに岡山へ。先週は弟子の折り返し鍛錬の練習用に造った玉鋼が硬く、ふくれも多く出て弟子の手には負えなく私が包丁6本を鍛えたので疲れもひどく今日は寝て過ごす。自身の体力の衰えも次第に感じさすけれど夏迄には折り返し鍛錬が出来なければ脇差の練習には入れない。自身の仕事をしながら弟子に教える事は兄弟子の居ない鍛冶場は都合が悪い。兄弟弟子の多かった頃は順送りの指導で楽だったが最後の弟子育成も慣れたら楽になる最後の御奉公である。


5月15日


昨日の硬い鋼の包丁3本を焼入れ。2本OK、1本傷でつぶし。今日も硬い鋼で3本を鍛える。これで弟子の沸かしと火造りをほぼ終えて火曜日からは刀二振りの刀身仕立て、短刀の製作に入る予定。私は植田さんと山田君2人の鍛錬・火造り・焼入れ・研ぎとを短刀、脇差、刀の前段階として教えているが梅雨明けまでに終わりたいし、弟子の造った包丁の販売も教えなければならない。最近は日刀保玉鋼を使った日本刀包丁を売り出し生活をしている売れない刀工も増え、日本産砂鉄で造った玉鋼製日本刀包丁も売り上げが落ちてきているが一応私の包丁造りは輸出用も含めて終了し刀造りを本格化させ梅雨明けまでに刀造りを終わりたいと思っている。

昨夜は県境の町で万葉集を学び柿本人麻呂の歌に興奮して眠れず朝4時起床鍛冶場へ。


5月14日


昨日の硬い包丁は2本が成功したが1本がペティナイフとなる。午後は慶長年間から始まり今日まで文化庁試験で行っている水べしをして積み沸かし方法を見せる。この方法は高炭素量の日刀保玉鋼を柔らかく脱炭するのには向いているが同一組織の集合となり刀の働きは出にくい。日刀保玉鋼を使用していない受験生はその玉鋼をもって自分の作刀方法で受験をするのが当たり前だが、受験生の平等を保つ為として日刀保玉鋼を使用させているのは平等に見えて実際は不平等である。日刀保玉鋼を使っている刀工も受験者もまともなたたら製鉄が出来ないので日刀保玉鋼を使っているにすぎない。自家製の玉鋼を使っている者はそれを使えば良いのである。

高野山の線香の匂いを嗅ぎながら魂となって鍛冶場にいる弟子の写真を眺める。


5月13日


朝3時40分起床。鍛冶場のたたらは予熱で暑く砂鉄を入れ操業開始。玉鋼のオブジェを造り見本とする。昼前より山田君と包丁の練習をするがふくれが多くタガネで切り々鍛錬を続け夕方迄に3本の素延べ。山本君は夕方より刀に土を置き焼入れ。焼入れ温度、土の厚みに問題有り。


5月12日


朝小雨が降っていたので山歩きの人数は半分で有ったが高齢者ばかりのグループで歩くのも話題が近く楽しいものである。テレビでは明日大雨との予報なので昼食をすまし鍛冶場で山田君と2人でたたら炭切り、砂鉄の選考配合をすます。二人仕事は一人仕事の三人分位は進む。前回のたたら操業で使って炭素量の低い炭に火を付け種火にして火床を暖めその上に新しい炭1俵を入れて予熱とする。たたら炭も後2回程の操業で終わる。山田君には3種の砂鉄配合を教えるが毎日出勤ではない者には1番大事な配合を教えず終わる事になるのが残念である。刀鍛冶の修行年限は5年間となっているが、トータルで5年間出勤となっていない者はやはり判る。弟子は親が仕送りをするか昼は鍛冶屋をして夜はアルバイトをして練習所を巣立ったがその後は本人の意思が強くなければ鍛冶職を続ける事が出来ない。そこには日本の文化伝統を守る赤心報国の心が有るや否であり親方の言う事を聞けない弟子はその内亡ぶ。


5月11日


大雨をさけて小降りになった10時過ぎから刀二振りを焼入れ。なかなか刃文の調子も良く金曜日からは刀身仕立てに入る予定。早くすまして暑くならない内に次の注文刀に入りたい。


5月10日


明日の刀二振りの焼入れ炭を山田君と2人して良く研いだナタで夕方迄切る。帰り道散髪をして心機一転する。入門後刀の初の土置きと焼入れになる。


5月9日


輸出用の包丁もやっと終わり曇空の下を参拝に。やっと明日から刀の焼き入れ準備。刀と包丁も切っても切れない関係になって来た。それに参拝距離が長いので疲れが残る年に成った。道中どこかでゆっくり過ごせる所を探さねばならないと思っている。


5月8日


長かった連休もやっと終わる。今日は炭素量の少し高い包丁4本を研ぎ上げ試作も終わり、明日金屋子神社に月参りをすませば刀造りの本来の仕事に入る。玉鋼も種類の違った物を沢山造ったので混合しながら鍛える。弟子も入門したので経費もかかるので外国への輸出も決まれば忙しくなるが休日を取り無理をしない様に頑張る。


5月7日


昨夜は友人が来所して前後不覚迄飲酒。今日の鍛冶場は石原君がたたら製鉄、他は包丁造りで多忙な日を過ごす。


5月5日


今日は最後のたたら製鉄。見学者は7人。私の1年間に使用する玉鋼を製造し終わる。弟子の使用する玉鋼も終わる。連日たたら製鉄が終わり疲れる。明日からは包丁本を4本研げば終る。山田君も刀の焼き入れ、炭を切り終われば刀2振りの焼き入れ予定。これ以上天気が続けばたたら製鉄は暑くて無理である。


5月4日


明日はたたら製鉄で早出するし、日中は暑く疲れ切り今日は包丁4本の火造り・焼き入れ。夕方迄砂鉄の整理ををして明日に備えるが操業は不明。一応輸出用の見本も出来上がる。


5月3日


今日も朝からたたら製鉄。見学希望者5名は来なかったが他に3名の見学者が来る。たたらで疲れ切ったので今週は終わり来週に2、3回行いたい。弟子も増えたので練習用鋼が沢山必要となる。


5月2日


朝5時30分より鍛錬開始。山田君は見学。昨日の鍛錬の続きを山本君が来る迄にすます。明日は見学者が有るのでたたら炉を塗り変え、山本君は炭切り。夕方には包丁の研ぎとスプリングハンマーの金床の溶接のやり直しと一日を動き回る。山田君も包丁の火造りをしているが1カ月余りの経験ではまだ難しく苦労しているが楽しい一日である。75歳の後期高齢者の身にはこたえる。


5月1日


3日前に輸出用に造った包丁は片側のみに刃ぶちに沿って刃の働きが出たので昨日よりは少し配合を変えて玉鋼を造り今朝は5時過ぎより鍛錬。思った通り表裏に刃ぶちに働きが出る。山田君も別に4回鍛えたが中止をして忘れない内にたたら製鉄をする。余りにも疲れたので5時に解体。次は操業時間を多くしたい。砂鉄の配合をやっとつかんだ様である。


4月30日


前回の配合比率を少し変えて粘りの有る玉鋼を今日のたたら製鉄で10キロ造り明日鍛えて輸出包丁の見本としたい。今日は3人のたたら製鉄で体は楽であった。早く見本をすまして刀の焼き入れに入りたいものである。


4月29日


山田君が帰ってきて炭を切ってくれるので無料公開用の鋼の折り返し鍛錬をして用意する。鋼が不足するので明日は3人でたたら製鉄の不足を造り、伝統の日本刀鍛錬を沢山の方に見て頂きたい。今日は一日大雨が続きボロ小屋の鍛冶場は雨漏りが多し。山本君が包丁直売の看板を造ってくれたので来客も多いと思う。最近は私の玉鋼包丁を真似ている者も多いが国産の優秀な砂鉄を使って安価な値段では日刀保たたらの外国産砂鉄では出来ないと思う。


4月28日


山歩きを終えて病院へ。一人鍛冶場でハンマーを溶接、炭切り、たたら炉の塗り替えと暑い中での作業。鋼の種類が判らないので明日からの鍛錬が気になる。


4月27日


南署で刀の登録をすまし急いで鍛冶場で昨日の焼き入れの包丁を研ぎ上げる。刃の働きは面白いが重ねが重い注文のせいか今一歩くい込みが悪い。それとも鋼のせいか。明日の午後炭を切りもう一度の造り直す予定だが炭素量を下げる鍛錬をすれば解決か?


4月26日


岡山産の炭が入荷し昨日はたたら製鉄で玉鋼を造る。2種混合の状態が良かったので今朝は4時起床で鍛冶場に早出。岡山の松炭は柔らかいので直ぐに燃えるがその分火力が強く1.3キロの鋼で6寸と5寸の小さな文化包丁造り、6寸の包丁をベルトサンダーにかけるが非常に粘りがある。後一回は刀の材料を造っておきたい。これからは弟子本元の仕事に戻り炭切りから始める予定。暑くなるのでたたら製鉄も早く教えておきたい。午後からは雨が降り始める。


4月25日


休日出勤。新入弟子の仕事は炭切り3年と言われる位親方が使う炭を工程毎に切り分けるのだが、弟子は帰省して今だ帰らず。帰って焼き入れ炭の切り方を教えなくてはならず打ち終えた刀二振りはそのまま。連休も近いので良く御土産に売れる。100年使用出来る包丁を研いでるが硬くて焼き戻しをかけて研いでいる。岩手県のたたら炭は刀用に向き、包丁は岡山産の炭が玉鋼造りには合っている様である。

残りの人生も出来る限り伝えるつもりで有るが習う気持ちはそれぞれである。


4月24日


今日は入門希望者が来たのでたたら製鉄を見せる。雨も降っているが時期的にもう暑い。本人は3週間前にアバラ骨を折り今だ病院通いをしているので見学のみ。元中学校の先生をしていたので人間性も良く他の修行者とも仲良くやれると思う。新たな弟子も3人となり山本君と2人で育成して日本の伝統を受け継ぐ弟子を1人でも多く残したい。


4月23日


植田さんが鍛えた包丁2本を植田さんが火造り。手直しのスタイルは時間がかかる。焼き入れは私がしてベルトサンダーをかけて後日研ぐ。大分仕事も上手になった。明日は弟子達が使う炭も私の刀用の焼き入れ炭も入るので包丁5本研いだ後に焼き入れとなる。明日は弟子入り希望者も来るのでたたら製鉄をする。


4月22日


今年の連休は見学者も多いと思われるのでたたら製鉄をして玉鋼を造る。暑いので以後は雨の日になる。私の刀用の鋼は出来ているので弟子が練習に使う玉鋼造りが中心である。午後は先日の3本の包丁をベルトサンダーで荒砥ぎ。少し硬い様なので焼き戻しをして包丁の鋼を柔らかくする。岩手県の炭は高温になるので炭素量が高くなる。24日は県内産の柔らかい炭が入る予定。


4月21日


金屋子神社の春の大祭。朝4時に起きて一路出雲へ。朝食は運転しながら食す。妻も私も75歳の記念参拝。どうしても朝8時からの参拝に1番に出席して種々の御願い事をしたかった。後期高齢者の最後の生き方を御願いする。独立して40年刀を打ち続けれた事に感謝して一日も長く刀を造れる様に死ぬ時は刀を打ち続けながら一生を終わりたい。これ迄生きればくいも残らないだろう。


4月20日


包丁3本の火造りを終えて金床のピンを造り溶接。古い金床なので材質が不明で鉄や溶接棒を種々変えて仕上げるが次の鍛錬に使ってみなければ上手に金床が直ったか不明。今日は来客5組と多く時間をさかれる。夕方4時より焼き入れ明後日ベルトサンダーをかけて下研ぎをしたい。GWが近いので今年は来客が多いと思われるので御土産の包丁の準備を急ぐ。


4月19日


午前中にせんかけをやっと終わる。午後は直したスプリングハンマーで連休によく売れる包丁の玉鋼を鍛えてみる。モーターを氷2個で冷やし熱の遮断板をつけ、外から扇風機で風をモーターに当てる。室内の温度が上がらない様に煙突覆いを外す。考えられる事は全部したので様子見。弟子が帰ってきたら焼き入れ、炭の切り方、土置き、焼き入れを見せたいのでその間は包丁焼き入れと研ぎをして帰りを待つ。


4月18日


今日の砂鉄配合はモリブデンが少し入っているので非常に硬く焼き入れをしなくてもこのまま斬る事が出来る。後2時間程でせんかけを終わるがこんな硬い鋼は初めてである。焼温度低くして焼き入れ湯の温度は低めにしても良く斬れると思う。新しい組み合わせが良かったと思われる。しかし傷だけは研ぎ上がらねば不明。単一の砂鉄だけでは働きが出なく地金の面白さがない。最近は暖かくなり注文も増えてきた。


4月17日


電気屋さんが調査の結果モーターに負荷がかかり過ぎモーターを交換する。50年も前からこの1馬力モーターを使っていたが、長船の狭い鍛冶場に移転してからモーターが熱を持つので氷で冷やしながらの操業であった。モーターの横に直接熱が伝わらない様にベニヤ板を取り付けた。明日はモーターに扇風機で戸外の風を送る準備をする。モーターは三菱製であるがこの10年間に3回も変える。老いたスプリングハンマーよ、後5年は元気に動いて欲しいものである。次は2馬力を入れなければならない。大事に換気を考えて使えば3年程は使用出来るかもしれない。私の為に50年間も働いたスプリングハンマーには愛着がこもっている。


4月16日


13キロの玉鋼を植田さんに切断してもらい包丁2本を鍛えた所でスプリングハンマーが動かず。急いで電気工事店に電話をして明日修理に来てもらう事になる。植田さんが包丁を研ぎ、それを私が少し手直しをして切味抜群にする。他の弟子2名は休みなので少し淋しかった。明日は一人きりになる。来客も少なくなり寂しい限りである。


4月15日


今日も右肩が痛む。病院の閉院で長船町内にある糖尿病専門病院で朝食抜きで採血をし種々の検査を終われば午後2時。院長は同郷の高知県人であり気心が通じ易い。老いて体の悪い所も納得し無理の無い余生を過ごす気持ちも自覚出来た。今泉師匠の様に94歳まで作刀を続ける事は出来ないだろうが弟子が卒業する80歳迄は何としても生きたい。


4月14日


今日の山歩きは先日たたら製鉄で玉鋼をタガネで切断した右肩が痛み昼迄で休診の整形外科へ1時間余りをかけて痛み止めの注射をしに行く。帰宅しても痛み一日を寝る。明日は糖尿病の病院へ2回も行かなくてはならない。弟子が居ない間に病院巡りをすましたい。


4月13日


今迄通院していた病院が閉院となり町内の糖尿病専門の病院に転院。2日後に空腹で採決し今迄の薬を整理し直す事に。ついでに肺炎球菌の2回目の注射を受ける。年寄りで1番の死亡は肺にあるので弟子を卒業させる迄元気でなければならない。せんかけをしている山本君に話して今日は帰りて休む。連日の予報に反して暑い日が続く。今弟子も転居の為故郷に帰っているのでゆっくりとして弟子の指導案を練っている。この40年間で一番積極的であり3年もすれば一人前となるだろう。景気が好転してくれば彼の包丁も売れて無給の生活も楽になるだろうと思っている。将来が楽しみである弟子である。まさか工学部の大学院迄卒業とは思ってもみなかった。近代製鉄の知識も有り、これに古代製鉄の知識も加われば仕事の能率も上がる弟子である。


4月12日


中心を仕立て銘を切る。真夏の様な気温である。もう一振りの注文の火造りは済んでいるが山田君にせんかけ等を見せるのに保留。明日は雨が降る予定なので先回のたたら製鉄の玉鋼で包丁の試作予定。


4月11日


昨日のたたら製鉄で玉鋼を切断した右肩が痛くて1日を寝て過ごす。もう2年近く右肩が痛むが玉鋼の切断だけは痛みが治らない。火造りは時間をかければ多少の痛みは有るもののなんとかなるが。最近年若い弟子が入門したので切断はもう少し玉鋼を小さく製作し弟子に頼まなければならないだろう。この玉鋼の切断を除けば刀工としての仕事は十二分に出来るのだが。15キロの玉鋼を切断していたのはつい最近の様に思われる。幸い刀工試験に玉鋼切断は無いので助かる。現在でも日刀保玉鋼に対抗して小型自家製たたら製鉄を行っている刀工は全国でも10人位と思われるが、砂鉄に特色の有る自分の地金を造っていれば後世必ず日刀保たたらの真白い地金との差が見直されると思う。鍛冶場は今弟子が2名に増え日本刀製作所に名を変え、伝習所は山本君が運営。若い弟子が入り日本の伝統工芸を受け継ぐ者が入門すれば山本君も元気づくのだが。


4月10日


今日は製鉄会社で古代製鉄を研究している方が来訪。朝9時から28キロの混合砂鉄を4時間かけて吹く。砂鉄の吹く量が少なく7キロの玉鋼となる。明日の休日は午前中に今日の玉鋼を鍛えて包丁用か刀用かを決めるのに1キロの鋼で包丁を鍛えて見たい。同じ配合でも使う炭によって炭素量、鍛肌は違うので必ず包丁1本を使って試作しなければならない。


4月9日


先週弟子2人が鍛えた包丁に土置きをして焼き入れ。傷も無く刃文も上手になった。午後は明日たたら製鉄をするので炭切りをして勉強会のため早めに仕舞う。


4月8日


山田君には今日始めて刀の反り付を見せる。山本君は今日も火造りをしているが炭の量が少なく高温にならないので時間が多くいる。明日は植田さんも出て来るし、日曜日に明石からたたら製鉄を見学に来るので砂鉄のより分けが夕方やっと終る。


4月7日


今日の山歩きは戦国時代の山城を整備した城山公園に17名が急な山道を登る。桜も満開で山道に植えられた桜が吹く風に桜吹雪になって我を忘れる。今日の登山は足腰を十分に鍛えた。明日からは又作刀に頑張る事に。

たたら製鉄を見たいとの電話が毎々あるので県外産のたたら炭が届く。宣伝だけでたたら製鉄が出来ないと思われるのが嫌で別便で炭を購入する。たたら製鉄は土日に行わなければ他日の予定が狂う。


4月6日


昨日の刀の傷は異なる皮鉄の鍛接が十分でなかったと思われるが、現代刀以上の地金を研究する上での失敗致仕方ない。配合比率を変えた包丁の試作は上手く行っていたが刀になると異なる。今日は別の玉鋼を鍛えた荒素延べを火造りする。弟子の山田君が1日見学。


4月5日


3週間に炭25俵、玉鋼10キロを使い一振りの刀を打ち上げたが1カ所髪の毛程のゆるみが1寸程出る。あの手、この手を用いてみるがゆるみは取れず結局切断に到る。いくら考えてもどうにもならず次の荒素延べを追う。刀鍛冶はいつも傷との戦いで失敗すると心が痛む。それでも前に進まなければならない。


4月4日


5メートり程に伸びた庭の枝垂れ桜が満開し、他には水仙、多くの椿、ボケ等春の花が咲き住宅地にある我が家は春真っ盛りである。その花を眺めながら痛む右肩を休めている。先日に75歳を迎え後期高齢者となり、刀工として槌を置くのも近いと思っていたが刀工希望者が次々と門をくぐる。武漢ウイルスの始まりでどこの刀工も注文者が減り新たに弟子を取る余裕がないのであろう。このままでは日本の伝統技術が廃ると思い愛国敬神の深いと思われる弟子を入門させたが、やはり歳で身体の一部が痛むので休日は体調回復の為庭の花を眺めながら寝て過ごす。後少し80歳迄は頑張って弟子を卒業させたい。もう弟子は取らない々と思っても刀工人数は減り続けるので老体でも頑張るが現在の弟子を卒業する迄は元気でいたい。これが日本に生まれてきて育った国への恩返しと思っている。後は信奉する鉄の祖神金屋子の大神様に祈るのみである。


4月3日


スプリングハンマーの修理を昼迄にする。後日玉鋼を鍛えてみないと修理具合は判らない。昼からは刀の火造りを始めるが中々硬い鋼で肩が痛む。出来上がれば実用刀として世に出す予定。弟子の面倒見も有り思う様に作業は進まず。


4月2日


今日は植田さんと山田君の2人が包丁の鍛錬。私が少し手伝って夕方にはベルトサンダーで削り焼き入れが出来る状態となる。明日からは私が刀の火造りに入り、山本君も同じく刀の火造りに入る。


4月1日


出雲路の春も岡山と同じで桜は満開であるが中国山地の山の中腹に有る金屋子神社の桜のつぼみはまだかたく閉じている。境内は静まり身は引き締まり心は洗われる。一カ月振りの参拝。宮司様の祝詞を暗唱しながら頭をたれて4月も元気で作刀に励める事を祈願。帰り道境港市に立ち寄り市場で大きなズワイガニを送りて帰る。