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刀鍛冶の日々:bizenosahune.blog67.fc2.com/

 

↑ 過去の記事(令和2年4月13日以前のブログ)はこちらで見てください。

 日々の仕事内容や感じたこと、出来事を書いています。

  


1月22日 7寸注文包丁


包丁用に造った玉鋼は炭素量も高く粘りの有る鋼であるが玉鋼の底についた酸化鉄がはがれず今回も苦労をする。タガネで削り、グラインダーで削り、強い温度で沸かすが1回では取れず2、3回沸かし直す。やっとまとめて梃子棒に鍛接して又沸かし直して削りながら伸ばし折り返し鍛錬に入る。耐火度の強い粘土を使い沸かしの時間を長くする。これで表面のきれいな地金になり7回迄折り返し鍛錬を進めて荒素延べ迄進む。戸外に出していた扇風機も使い汗だくの一日。


1月21日 定休日


朝の山歩きは15、6人と多く週1回ではあるがいくらかは健康に役立つのではないか。1時間を歩くと体も温まる。薬をもらいに病院へ。帰ると昼間近に。連日包丁の注文も入り在庫も無いので明日からも注文の包丁造りを始める。産業財団の支援を受けて動画を配信したのが良かったのかアクセス数、注文数も増え一人仕事も忙しいが年齢を考えるとやはり週2日制を通さねば体に無理が過ぎる。


1月20日 炭切り


22日から3日間ほど雨が続くとの天気予報が出ているので小包丁の焼き直しを済ませた10時過ぎから午後3時過ぎまで鍛錬用の炭切り。軒下の通路は西風が吹き切り炭の粉が舞い目に入り痛む。1月は包丁の注文が多く在庫不足の無い様に多く造っておきたいが作業時間を減らしたので在庫は殆んど無い。気分的に焦るが体調を考えて無理はしない。玉鋼切断用のたがねも鉄工所に大型ダンプのスプリング切断と柄の溶接を御願いして少しでも負担を軽くする。


1月19日 研ぎ


今年は週休2日、早出残業無しで昼食後は横になるので作業は余りはかどらないが体は楽である。コロナの影響で弟子達は仕事が有るだろうか?それでも都市近くの弟子は刀以外に包丁やナイフの製作も出来るので長船の様な田舎とは違うのでないか。そんな事を思いながら今日も小包丁を研ぐ。3本は仕上がったが1本は刃が低いので明日再度焼入れ直しとする。


1月18日 小包丁焼入れ


4本の包丁に土置き。余りにも炭素量が高いので送風すると焼き入れ温度が上がり過ぎるので火床の炭の中に包丁を入れて自然に温度が上がるのを待って焼き入れ、水温は30度に上げる。この方法だと時間がかかるが温度が徐々にしか上がらないので失敗はない。短刀にしても包丁にしても小さいと手間が取られて能率は悪い。それでも小包丁が欲しいとの問合わせもあり準備をしておかねばならない。4本をベルトサンダーで荒砥ぎをして1本だけを研ぎ上げる。


1月17日 休日読書


最近は昼間の仕事疲れで読書が遠ざかっていたが疲れも取れて来たので以前から読みかけていた本2冊を読み終える。毎日々を鍛冶屋仕事で終わっていたら他に考える事が何も無くなる。たまには来客があって鍛冶仕事以外の事を話せば気分も違ってくる。読書も自分の歩みを見直せる本を読めば自分も変わる。週休2日制にしたのが肉体的、精神的に良かったと思う。


1月16日 火造り


朝の整体後に来客。久し振りなので昼迄マスクを付けて会話。午後は包丁の研ぎ直しをして返送。そして来週発送予定の包丁2本の荷造り。やっと小包丁4本の火造りに入る。ふくれが多く傷が出るのを心配して重ねを厚くして削りしろを取ってあったが4本共に無傷で一安心。しかし重ねが厚いので来週焼入れ後に少し薄くしなければ重たすぎる。


1月15日 小包丁へ


朝一番に包丁の柄付けをすまし、念の為にグラインダーで7回鍛えて荒素延べをした包丁用の鋼を点検。傷も見当たらないが今回は余りにもふくれが多かったので6寸包丁2本を取るのを止めて小包丁4本を素延べする。大きな包丁より小さな包丁の方が歩留りが良い。包丁が大きく、長くなる程傷が長く出る。丁度小包丁が無いので良いかもしれない。普通は6寸包丁を取った時余った鋼で小包丁を造るので在庫は殆ど出ない。


1月14日 疲れて


朝1時間程公園の山道を10人余りで歩く。今年は包丁の折り返し鍛錬に苦労し、精神的・肉体的にも疲れ果てた一年の始まり。寝て疲れを取り明日に備える。11都道府県に緊急事態宣言が出ているが感染者は増え続けている。ワクチン接種の始まりをもっと前倒しにしなければ感染は止まらない。もう少し長生きして少しでも刀を造りたい。


1月13日 包丁鍛え


朝は野も山も真白である。4回迄折り返した玉鋼はふくれが出てたがねで切り落として沸かし直しを数回繰り返しながらやっと7回迄進む。玉鋼の中にある空気を抜くのに高温で沸かすので材料は大きく減る。余りに疲れたので午後は休みにして研師宅にて九州へ奉納する刀の仕上げ研ぎを見る。この刀が仕上がるのは1月末の予定。研師さんも昨年は肺癌の手術をされて大変であったが今は体調も良くなり2振りの刀は順調に仕上げ研ぎが進んでいるので一安心。


1月12日 包丁研ぎ


カーテンを開けると庭は真白で音も無く雪は落ちてくる。少し様子見。鍛冶場に遅く出て冷たい水で焼き入れしておいた包丁3本をベルトサンダーで荒砥ぎ。雪も降り寒いので雨合羽を着て研ぐが手の感覚も無くなる。研場ではストーブをつけ、火床で湯を沸かし手研ぎで包丁2本を研ぎ上げる。訪れる人も無く1人仕事は寂しい。


1月11日 代替休日


弟子が3連休を出るので私もそのつもりでいたが肩の痛みが続くので無理をしないで昨日の代替休日をとって1日休む。在庫の無い包丁を焼入れをしたので今日研ぐ予定であったが体調を考えて昼迄寝て午後はテレビニュースで武漢ウイルスの行方を見る。ワクチン接種が行き届く迄ウイルスの猛威は続くであろう。


1月10日 初焼入れ


昨日に比べて今朝は-6度と少し楽であるが寒いので朝から次の包丁鍛錬に入る。火床の中は1200~300度の高温であるが寒さで身震いをしながらの鍛錬。4日前玉鋼を切断した時の肩の痛みがまだ続く。4回目の折り返しで大きなふくれが出て万力に挟んでたがねで大きく切り取り数回沸かして鋼の中の空気を出す。やっと鍛冶場の温度が4度まで上がる。午後は昨日の包丁3本に土置きをして焼入れ。炭素量が高いので水温を30度にして焼入れ。土置き通りの刃文になる。弟子に付き合い出勤なので大変疲れる。


1月9日 寒い


人生で味わった最高の寒さかも知れない。-7度から-9度と体の芯迄が凍りつく。粗末な雨、露をしのぐだけの手造りの鍛冶場は強い西風が吹き込む。わずか1週間、トタン、柱、セメント、ブロック、砕石等を入れても10万円、電気工事に3万円と最低価格で仕上げた。それでも築8年4カ月使う。昨日鍛えた鋼を素延べ、火造りと進めるが室内温度は2度以上にならなく寒い。火造りの終わった包丁をベルトサンダーで厚みを揃え焼入れ前まで進めたがあまりにも寒く焼入れは後日暖かい日にする。明日も寒ければ包丁の鍛錬となる。3連休で山本さんも降し金をして暖を取っている。今は中型包丁の注文が来ないで欲しいと思っている。



1月8日 初打ち


全国的寒波で日本海側は大雪。鍛冶場は-3℃で防火用バケツの水は3センチ厚さの氷となる。3日前たたら製鉄で造った玉鋼を梃子棒につけて折り返し鍛錬を始める。砂鉄は島根県奥出雲町の砕石場で昔買った物で単一であるので炭素量も高く良く締まっていてふくれも出なく非常に粘く6回の折り返し鍛錬で終わる。包丁3本分の量かと思われる。午後は風が強まり煙突から火の粉が飛び火事を起こしてはいけないので明日の炭切り。戸外の炭切りは西風が吹きつけ体の芯迄冷える。ふる里納税の大型包丁を送る。中型包丁が全く無くなったので今月は中型包丁造りとなる。一昨年は大型包丁が良く売れたが昨年からは武漢ウイルスで大型包丁が売れなく中型包丁が売れる。ワクチン接種が始まらないと経済は動かないが鍛冶屋は冬が本番で1本でも多く在庫を造っておかなければならない。


1月7日 休日


昨日の玉鋼切断で腰、肩、腕、足が痛むが週休2日制にしたので朝公園内の山路を1時間歩いた後は寝て疲れを取る。やはり休日を取ると疲れが取れる。刀造りは苦痛ではなく楽しんでいるが肉体が精神に追いつかない。幸い武漢ウイルスの拡大で作刀注文が少なくなってきたので週休2日制になれた。明日から1カ月程は包丁造りに追われる。


1月6日 切断


たたら炉を解体した瞬間「しまった」と思った。余りにも大きなけら(玉鋼)に体力の落ちたこの腕でこの玉鋼を持てるだろうかと思った。大きな火箸で持ち上げるが重さと高温のため玉鋼の温度が少し下がるのを待ち再度持つが全身の力をふり絞らなければ持てない。玉鋼から垂れ落ちる鉱滓は床をはじく。苦労してなんとか金床まで運ぶが玉鋼が大きくてスプリングハンマーに入らず玉鋼の縁からつぶしてゆくが玉鋼の粘りが強く思う様にならず弟子の手助けが欲しいと思った。ハンマーを打ち続けなんとか半分に切断した時の右手は切断たがねの振動で痺れ切っている。ここ迄くれば楽であり半分になった玉鋼を火床で焼き四等分に切断。約1時間を要した。鉄分の多い砂鉄であったので注意をしていたがまさか11キロを超すとは思わなかった。歩留り43%。在庫の包丁は見本1本を残して今日の発送で全て無くなる。


1月5日 仕事始め


1.早出、残業はしない

2.昼食時間は1時間取る

3.週2日は休日を取る

今年はこの3点を守れば体調を維持して刀造りが出来ると思う。包丁の在庫が無くなったので明日はたたら製鉄を行うので砂鉄の選鉱、炉の解体、塗り直し、そして炭切りをすます。砂鉄も1番量の多い砂鉄を使用して少ない砂鉄は使わない。今後何年刀鍛冶を続ける事が出来るか判らないが砂鉄が無ければ刀が造れない。


1月4日 後1本


午前中に銀行を廻り12月末迄の記帳をすまし刀と包丁の振込みを売上帳に記入。これで納税の準備は完了。年末、年始1週間は終わる。年末、年始は包丁の注文も多く在庫は後1本になる。刀を造る時砂鉄の配合でテストピースとして造っているので在庫は少なく、単一の砂鉄で販売用の包丁造りを始めなければならなく忙しくなる。


1月3日 納税準備終わる


年末、年始5日間をかけてやっと1年間の収支決算を終わる。明日銀行を廻り年末31日迄の未記入を加えれば良い迄進み一安心。包丁の注文も次々に入っているので包丁用の玉鋼を造らねばテストピースの在庫も少なくなっている。今夜は決算も終わったので「ポツンと一軒家」を見て過ごす。


1月2日 計算


昼迄かけてやっと1年間の支出合計を出す。例年のごとくどうしても帳尻が合わなく何度も々電卓を打つ。昨年よりは早く出来たがどうしても1円の違いが出るが諦めた。収入は来週銀行の通帳を通して12月31日迄を出さなければならない。手間なのは岡山市まで通帳を通しに1件、他は地元銀行3件を廻る事であり来週1日かければ全て終わる。明日は刀の売上表と判る迄の包丁の売上表を作る予定である。


1月1日 雪中参拝


年末から日本海側は大雪である。先ず年始め元旦はいつもの初詣から始まるが、テレビで山陰地方の大雪を知っていたので立ち往生覚悟で出かける。大雪の降る県境でガソリンの補給をする。金屋子神社は県道から登った山の中腹に有りこの坂道に悩まされる。車は軽四で冬用タイヤは付けているが四駆ではないので車が滑って狭い坂道は危ないがなんとか登れた。来年はチェーン持参でなければ参拝出来ないと思った。「一年の計は元旦に有り」今年は体力的に作刀数は減るがなんとか頑張れる事を御願いする。年寄りに往復400キロ余りの運転は疲れる。皆さんには沢山の年賀状を頂き有難う御座居ました。


12月31日 振り返る一年


朝カーテンを開けると庭は雪で真白く、数年振りの積雪である。これでは中国山地にある金屋子神社も大雪で参拝を日延べしなくてはならない。誕生日記念の包丁を荷造りして大雪の長野県へ送る。夕方迄1年間の領収証とレシートを月ごと、品目ごとの整理を終えて電卓で計算してやっと終わり支出表に記入を始めるが後半日位を要す。今年1月8日には次女が石川県金沢市から猫の小雪(17歳)と帰り、夫婦2人だった家も賑やかになった。武漢ウイルスに始まった年でもあるが弟子全員も修行を終えて鍛冶場は私1人となり無料見学も中止してウイルスの侵入も防げた。足底骨の分離に痛む足で九州の奉納刀を打ち終わった時はこれで刀工生活も終わりと思ったが体外衝撃波治療の御蔭で刀工を続ける事が出来、5年間痛んだ肩も一日にして治った。白内障手術10年を過ぎても痛み、サングラスをかけての沸かしを続けていたが友人の送ってくれたルテインの御蔭で目の奥(神経)の痛みも和らぎ裸眼で沸かしの火が見えるようになった。今だ右手は肘から先が痺れて字は書きづらいがもう少しゆっくりと作刀を続ければ来年も刀鍛冶は続ける事が出来ると思う。今年1年拙いブログを読んで頂いた皆様有難う御座いました。来年も地金の研究を続けたいと思っています。


12月30日 寒い一日


午前中に1年間の支出の領収証を仕分ける。午後は夕方迄報道番組のテレビを見て1年間を振り返る。夕食をすましこれから風呂に入った後電卓で支出項目の計算予定。今日一日強風が吹き寒く、今夜から明日午前中にかけて大雪が降る予報で県北では大雪警報。金屋子神社への参拝も危ぶまれる。


12月29日 税金準備


包丁の注文が有ったので鍛冶場へ。毎年の事ながら包丁の研ぎ直しや注文が年末は多い。昼からは支払先の領収証の品目ごとの選り分けを半年間をすます。明日は残りの半年間の選り分けをすまし、午後は月ごと品目ごとの合計を電卓で計算、あと2日は必要。年明けからは包丁と刀の売り上げ計算もあり年末年始は多忙。税理士さんからも上田さんの規模では事務員さんが1名は必要ですと言われるが、刀代等は手渡しも多く私でなければ判らない事が多く毎年1週間をかけて手仕事作業になる。


12月28日 仕事納め


昨日の折り返し鍛錬を続け昼前に来年の鍛錬に備えて梃子首補強用の鋼を造り今年はこれで終わる。午後はスプリングハンマーの金床のピン造りをし金床を動かない様になんとか固定して来年に備える。鍛冶場を山本君と2人で掃き清め少し早いが火床、ハンマー、神棚に御餅を備え、金屋子様に感謝する。武漢ウイルスに感染もしなく、体調も良くなったのは神様の御蔭。業者にホームページを作るのに136万8000円の高額を出したが産業財団から94万5000円の補助金決定の通知が今日届く。


12月27日 鍛錬2日目


山本君は1人でたたら製鉄。私は昨日の続きで鍛錬。今日の玉鋼は表面に髪の毛程の小さな酸化鉄をかみ込んでおり沸かしでは取れないのでその酸化鉄が取れる迄グラインダーで削り、深い場合は2ミリ程も削り取らなければならなく苦労をする。恐らく製鉄時に鉱滓が鋼の中に入ったものと思う。江戸初期から始まった水べしをすれば傷にはならないが、それでは古刀期の方法とは違うので現代刀の様に水べしはしない。丸鍛えで炭素量を不揃いにしなければ地金の働きは出ない。傷を覚悟の上での地金造りである。


12月26日 鍛錬開始


3週間振りに山本君が顔を出して明日たたら製鉄をするので炉を塗り直して炭切りをする。その後私の10回分の玉鋼を見せ、梃付けから沸かしで酸化鉄を取り除く方法を教える。夕方4時に鍛錬を終え5時30分迄明日の炭切り。スプリングハンマーの調子も良く炭素量が高く硬い玉鋼を楽々と延ばす。毎年12月は夕食後に確定申告に備えて書類整理をするが今年は毎日疲れるので年末年始を長く取り帳簿整理をする事として、山本君が来る28日迄仕事をするので御付き合い仕事となる。


12月25日 最後の玉鋼造り


12月最後、4回目のたたら製鉄。昨日の炭切りで多少腰が痛むがこれで春先迄刀の材料、玉鋼が出来安心して刀造りが出来る。ユーチューブに備前長船日本刀包丁製作所の玉鋼から短刀・包丁の製作工程を高額を出して製作し、又たたら製鉄玉鋼の造り方をユーチューブに出したのでアクセス数が急激に増えた。1月に「レイズ」社からユーチューブに出せば月1000万回のアクセスが世界からあるそうであり月10万冊本も出る。レイズ本にも2月号の広告に出るそうである。日刀保たたらの様に島根県で造っても玉鋼は外国産砂鉄である。日本刀は日本の砂鉄を使った玉鋼で造ってこそ日本刀である。殆どの刀工は実態を知らず島根県産の砂鉄で造った玉鋼と思っている。目覚めよ日本の刀匠。


12月24日 刀身・中心仕立て、たたら用意


朝運動場を全力で1周して1時間程山歩き。鍛冶場2階で刀身仕立てと中心仕上げ。押型を取って注文者に送らねば首を長くして待っていると思う。午後はたたら炉を解体して炉の耐火物を塗り直し、壁土で炉底を造る。11月はたたら製鉄を6回、12月は明日で4回、合計2カ月で10回のたたら製鉄をする事になる。下地を製鉄所用の耐火物を使用し、その上に1寸程の壁土を塗り使用するが10回程利用すると耐火物を塗り変えねばならない。砂鉄の選鉱、配合をすまし明日のたたら用炭切りを終わると5時を過ぎる。炉の組み立てはチエンブロックを使用するが1人では危ないといつも思う。


12月23日 姿直し


刀は焼き入れ前の姿は反りを浅くして土置きをし焼き入れをすると反りが付く。しかし土置きの刃文の高低で微妙な差が出る。それと刀の焼き温度で反りも違って来る。刀工の一部か全てか不明であるが反りが浅いと刀の鎬まで水につけてガスバーナーで焼いて反り付をする。私はガスバーナーが無いので反りを1分程余分に付け焼き入れ後の姿修整を行う。焼入れで少し曲がったりして刀の刃の線と棟の線が違ってくるので刀身を火床で温めて鎬地を手槌で打ち真直ぐにして刀の姿を整える。そして2週間程して再度姿直しをする。焼入れ後姿直しをしていても2週間もすると内面応力が働き刀が少し曲がったりするので再度姿直し、刀身・中心仕立てをして研師さんに出す。今日の脇差は重ねも厚く身幅も広いので姿直しは手間取った。姿はこれで良しと思っても時間を経ると気になり又手直しとなる。姿の設計図は頭の中にある。日本刀は戦いの形式によって時代ごとの姿がある。それを無視しての注文も多いが最後は私なりの姿になる。ホイルメーカートップの「レイズ」社から年内の編集が無理で年明けとなる返事。新しく産業財団から支援を受ける予定で作った備前長船日本刀包丁製作所のユーチューブも136万8500円の高額を支払ったが注文も入り出す。弟子達も私の様なきっちりとした仕事をユーチューブに出さないと同業者や一般人の共感を呼ばない。目先の利益を求めて包丁ばかり造っている限り刀の注文は来ない。私の弟子であれば堂々と刀鍛冶の看板を掲げなければ包丁やナイフの注文者ばかりで終わる。


12月22日 支援センターへ


朝から中小企業支援センターへ。全国で武漢ウイルスのため中小零細企業は資金繰りに困り倒産が多い。6月より包丁と短刀の製作工程をユーチューブに載せるのに業者に撮影を依頼。料金は1368000円したが銀行口座に振り込んだ。種々の方が見て5万円も出せばユーチューバーが作ってくれる。私はホームページ制作を2万円でユーチュ-バーがしてくれた等明らかに暴利です等の意見が出たが企業活動継続支援事業補助金を活用。提出書類は不備が相次ぎ職員2名の方には1時間も手間をかけた。後は上司が判断する事になる。武漢ウイルスで包丁の売り上げが今年は少ないのは確かである。午後は明日の炭きりで終わる。


12月21日 後片付け


昨日は弟子の折り返し鍛錬練習をかねて梃子棒の製作を行い、夕方には火床の炉壁が長期に渡り使い続けていたので熔け落ちた。朝の気温は-3℃、モルタルを水で練って厚さ10センチ程に塗る手が寒さで痛む。2か所の鍛冶場を片付けて糖尿病の薬をもらいに病院へ。1時を廻り遅い昼食を取り代替休日とする。それにしても今回の県内産炭の火力は強く岩手県産以上の品質である。年末が近いのに12月5日に取材した「レイズ」社の編集は今だ届かず。日本産砂鉄でたたら製鉄を行い玉鋼を造り、真の日本刀造りが行われている事を全世界に知って欲しい。材質に嘘のない民族の魂である。刀工資格を取っても刀は造らず包丁ばかり造っていては一生刀鍛冶には成れない。貧しくとも命がけで刀を造り続けた者のみが本当の刀鍛冶として日本の伝統文化を受け継ぐ事が出来るのである。


12月20日 九州より


昨夜九州より弟子が来て12時迄焼酎を飲んで刀の話をし、今朝より梃子付けと折り返し鍛錬をして1日を終わる。他の弟子は刀も造れないのに全く鍛錬場に顔も出さず造った刀も持参せず、これでは刀鍛冶にも成れないだろう。足の痛みも肩の痛みも無くなり、10年以上サングラスをかけなくては沸かしが出来なかったのが10日間ルテインを飲み続けると目の痛みも無くなりサングラス無しで折り返し鍛錬も出来る様になった。


12月19日 たたら指導


朝5時30分送風開始。昨夜より予熱で炉は熱い。岡山の弟子にたたら製鉄の実施指導の一日。24キロの砂鉄で13キロの玉鋼が出来る。弟子は驚く。全国の砂鉄は地方によって砂鉄の鉄分量が30~85%と違い、鉄分量の多い砂鉄を使えば当然玉鋼量は多くなる。日立金属の社員は日刀保たたらで外国産の砂鉄を使って玉鋼を造りそれを刀工に販売しているので私の説を否定して笑っている。何も知らない刀工は島根県奥出雲町でたたらをしているので島根県の砂鉄から造ったと思っている。人をだますのは悪い事である。先日の取材でも私の1000倍まで組織の見える金属顕微鏡で日立日刀保たたらとの組織の違いを見せて日刀保たたらの玉鋼を叩くとこっぱみじんに四方八方に飛び散り、マルテンサイトだらけの鍛伸性の無い外国産砂鉄の玉鋼の欠点を見せた。今日も弟子の前で私の玉鋼を叩き、割れて飛び散らない日本産砂鉄の優れた鍛伸性質を見せる。


12月18日 造り込み


昨日の疲れを残したまま鍛冶場で刀の心鉄を13回鍛える。山城鋼は10回程折り返し鍛錬をしなければ粘りが出ない。いつもより地金は青味を持っている。皮鉄と心鉄を合わしての造り込みは餅米の稲わらを使用して泥沸かしの粘土が良く付く様にして沸かし、1尺3寸迄伸ばし注文者の法量を待つ。帰りに研師宅に立寄り九州に奉納する刀の白鞘が出来たので見て帰る。もう一振りも近々出来る様である。九州有明の砂鉄で造った一期一腰の作であり独立40年記念の作でもある。


12月17日 円研組み立て


朝フリーウォークに参加して1時間歩く。参加者は13名、足腰が弱らない様に公園の山道を登り降り。昼食後研師宅で丸い直径3尺の砥石を3人で解体して新しい砥石と入れ替え。1階の駐車場の隅にありチエンブロックは使えず全て人力で300キロの砥石を1.2メートルの研台の真中に据え付けるに3時間。砥石穴が3ミリほど広くモーターを廻すとぶれて危なく後日もう1度解体してシャフトに鉄板を溶接して組み直す事とした。大変疲れ右肩が痛む。


12月16日 皮鉄完了


朝鍛冶場の消火用バケツ3個にも今冬初めての氷が張り昼迄融けない寒さで温度計は-1℃。いよ々鍛冶屋の季節となる。昨日に続き新しく5回鍛えの皮鉄を9回迄鍛え、2個をまとめて14回迄折り返し鍛錬をし、広げてU字型の皮鉄とする。時刻は12時を廻っている。一段落ついたのでコンビニ弁当を食し、久し振りに30分の休憩をとる。風は強く今冬初めての雪が舞う。寒いので今日も合羽を着て夕方迄6俵の炭を切る。帰ると九州福岡の地より段ボール一杯の品々と御手紙を頂く。本当に有難う御座居ました。体調も神様の御蔭で良くなり、もう少し刀造りに頑張れそうです。感謝、感謝。


12月15日 上鍛え


下鍛え5回の終わった‎皮鉄を3個合わせて9回迄鍛える。 丁度炭も切れた11時過ぎに仕上がった刀を受け取りに来所1時間程刀の取り扱いを説明して長船駅へ送る。 1時に来客予定があったので昼食を取る間もなく来客有。‎1時間程で帰ると2時になりもう昼食は抜きにして明日もう1組の皮鉄を鍛える炭6俵を夕方迄切る。朝の鍛錬は気温が低いので心地良いが午後の炭切は寒いので合羽を着て炭を切る。多量に仕入れた炭の山も少し減ってきた。


12月14日 下鍛完了


10キロの玉鋼を6個に分けて各5回を折り返し鍛錬をして下鍛完了。今日はメーカーから新品の今迄のハンマーより直径が2センチ大きなハンマーとピンが届く。早速取り換えて使うも絶好調。明日からは上鍛えに入る。


12月13日 痛みて


昨日は整体の先生のもみ方が一段と強かったのが原因か、それとも昼休み無しで夕方迄炭を8俵と沢山切ったのが原因か判らないが背中が非常に痛く夜中に痛み止めの薬を妻に塗ってもらったが痛みは止まず。今日はまた鳥取県の皆生温泉に1時間余り浸ると痛みは取れる。いつも鳥取県は武漢ウイルスの感染者が出ないので安心して行ける。駐車場は県外ナンバーが多い。体調も良くなり明日からは又鍛錬に頑張れる。


12月12日 山城國鋼


古刀五カ伝の中で1番きれいな地金は山城伝である。今日から鍛錬の地金は古墳時代3世紀から製鉄の行われていた所の京都の砂鉄を鍛える。この鋼は酸化鉄が残るのでグラインダーで削り落としながら折り返し鍛錬を進める。古刀期の刀工はグラインダーも無い時代にどの様に刀を造っていたのかタイムマシンがあれば覗いて見たい気分である。午後は炭8俵を切って来週からの鍛錬に備える。


23月11日 刀の注文について


私は自分の思う地金を目指して今迄砂鉄からの刀造りをしている。刀は備前伝・山城伝・大和伝・美濃伝・相州伝と五カ伝があり、古刀・新刀は地金の製鉄方法によって分けられる。太刀、刀は時代によって姿が違うし刃文も各伝によって違っている。このような日本刀の基礎的な掟を知らずして全てが混ざった様な注文をされても造り様がない。私は相州伝と、備前伝の組み合わさった相伝備伝を造っているので注文者の意にかなう作は出来ないので、注文者の気に入った刀工に注文すれば良いと思う。刀剣店には各時代の刀があるのでそちらから購入した方が早いと思う。


12月10日 病院へ


朝フリーウォーキングで1時間程歩く。妻から以前よりMRIを受ける事を進められていたが作刀が忙しく拒否していた。友人から御歳暮の中の手紙にMRIの進めがあり山歩き後脳神経外科へ。画像には1か所血管が狭くなっていたが別に治療の必要は無く、それよりも糖尿病を命がけで治して下さい。半年すればもう1度MRIを撮りましょうと言われ安心。病院は満員で受付から終わる迄3時間を要す。鍛冶場へ行っても1時間程しか鍛錬が出来ないので産経新聞に目をとおす。正論の紙面である。


12月9日 包丁製作


昨日登録した短刀2振りを東京と横浜に空箱に入れて送る。2振り共におそらく造りで金線も入り刃の出来も甲乙つけ難し。あと1振りの刀は研ぎが片面しか仕上がっていなく研師さんが仕上げ研ぎをしているので5日程で出来上がると思う。2週間前に製作依頼のあった文化包丁を久しぶりに造って明日渡す。寒い今、刀の注文を造っておかなければ夏には体力的に出来ないので炭も山程買い、来春位には注文刀の目途も付けたい。


12月8日 刀剣登録日


月1回の刀剣登録日は岡山西署が会場である。岡山市へは殆ど出掛ける事は無く位置も知らないので研師さんに教えてもらい捜しながら行く。本来の会場は岡山後楽園前の県立博物館であるが、改築工事のため県内警察署が会場と成り、始めて行く所が多い。ハバキは製作職人を変えたので少し速くなるが刀の注文が多く注文から完成まで1年半位が標準。今年は研師さんが肺癌の手術をしたため研ぎも遅くなったがなんとか3振りが仕上がり一安心。研師さんも昨日の検診で非常に良くなったとの事で正月からは九州の奉納刀の研ぎを始める予定。


12月7日 温泉へ


2日間の手打ちの向梃を打ち疲れ切ったので、今日は鳥取県米子市の皆生温泉に浸って疲れを取り境港市で海鮮丼を食す。明日は刀剣登録日。やっと注文の短刀が仕上がる。九州の奉納刀はハバキが出来た旨の連絡があり、白鞘製作に出して年末迄に製作完了の予定。正月始めから仕上げ研ぎに入り1カ月余りをかけて研ぎ上げる予定でやっと順番が来た。研師宅にはまだ8振りが順番待ちで昨日の注文も2年間の予定で引き受けた。