昨日の折り返し鍛錬の疲れが残るが雨も降り止んだので足腰が衰えない様に山歩きへ。参加者は8人と少ない。雨が降った後の急な山道歩きは危ないので1時間ほど平坦な道路を歩く。今日の参加者は全員70代の後期高齢者だが全員元気である。私も鍛冶場で歩き廻る事が無いので両足の筋肉が落ち足が細くなってきた事が判る。そのせいかスプリングハンマーを踏むと足が痛む。体力を回復させて弟子が卒業するまでは現役を続けたいものである。
乾いた大地に昨日から大雨を降らす。今朝も雨の名残があり朝から折り返し鍛錬を進める。昼には雨も上がったので鍛錬もここ迄。久し振り心ゆくまで鍛錬が出来たが次はいつ雨が降るやら。早く刀造りの出来る秋が待ち遠しい。
20年近く炉に使う耐火物を購入していた会社が小口の販売を止めるので最後の炉材を買うのに弟子と一緒に出向く。今迄軽々持ち上げていた炉材の袋が重たくてならない。年を取り体力が無くなった事を感ずる。午後は包丁2本を研ぎ上げる。空は真っ黒な雲でおおわれ明日は大雨の一日となるので鍛錬が出来そうである。
朝4時起床。連日暑さも厳しく今日は休日にしようかと迷ったが鍛冶場へ。作業の進んでいる弟子は週末の無料公開の横座で他の弟子の向槌で折り返し鍛錬の練習をさすのでその時に使う鋼を積み沸かしを繰り返し重ねて造る。盆休みに帰省しない弟子にも初めて見せる方法。これで今週弟子が修行する鍛錬用意も完了。朝も8時になると室内温度は40度に達するのでテストピースの鍛錬も中止する。下着迄汗にまみれ氷水で体を拭き着替えて帰宅。
昨夜は大雨が降ったので大地はしめり涼しいので弟子が鍛錬の練習に使う降し金をして昼迄に完了。弟子の入門時期が違うので足並みを揃えなければ3者3様に教えなければならず私の時間が無くなるので9月半ば迄に遅れている弟子を重点的に教える予定にしている。松炭の入荷先も増えたので安心して仕事が出来る。地球の温暖化で夏の暑さが長く続き冬の時期は短く春はすぐ暑くなり老体の身には暑さが身にしみる。
今日から3番弟子も盆休みで帰る。日中はまだ暑いが朝夕は少しだけ涼しく吹く風も変わる。粗末な小さい私の鍛冶場にも心地良い風が流れる。椅子に座って神棚の下に吊り下げている弟子の遺影に話しかける「盆も始まった。御父さん、御母さんも待っているので帰ってあげたら」 君の魂は刀が好きなのでいつも親方の仕事を見ていたいと言う。それならなぜ自殺したのか。私の心はずっと痛みが止まない。私に霊力があれば話してみたい事も沢山ある。年齢的には孫の様で在りし日の君の笑顔が浮かんでくる。わずか20歳で人生を終わるのはあまりにも早過ぎた。
曇空で少し涼しく包丁3本分を素延べ。盆明けに弟子の火造り練習用を用意。注文の包丁の地金をまとめて1回折り返す。朝火床の塗り直しをして直に使用したので水分が十分に取れていないので火力が少し弱い。午後は市販品の包丁の研ぎ直し。汗がしたたり落ちる。
今日から盆休みなれど弟子1名が包丁の研ぎをしているので居間でテレビを見て過ごす。昨日焼入れをした包丁を私に見せずに自分の判断で焼戻しをしたので包丁の斬味は悪くなり明日再度焼入れをしなければならない。包丁の地金は日立金属の近代製鉄で均一な炭素量ではなく砂鉄の種類や操業方法で炭素量も異なり又折り返し鍛錬で脱炭素量も異なる。焼温度や焼入水温によって斬味は大きく違って来る。経験の浅い弟子では親方の指導が無ければ自分1人では出来ない。それでも他の弟子が休んでいる時にする研究心は評価する。
今日は弟子が鍛えた鋼を素延べをし火造り、焼入れ迄を進めるのを見ていた。指摘する事は多々あるが1番大事な事は親方の仕事ぶりを真似する事が抜けている。親方の言う事を聞かず自分勝手な事、動作をしていては刀工にはなれないし徒弟制度が残る社会では生きていけない。どれだけ弟子を破門にした事か。親方が「カラスの頭は白い」と言えば白である。技術伝承と共に刀を造る事を習う心構えが1番大事である。
今日の暑さは厳しいが3番弟子が連日包丁研ぎ。そのかいもあって包丁の平面を出す作業が1、2番弟子に迫って来た。3人共に刃先を真直ぐにそろえる事が十分に出来ていないので私が刃先を研いで仕上げる。この暑さでは火を使う作業が出来ないので当分は包丁研ぎ。弟子の包丁研ぎのスピードが上がり盆過ぎには研ぐ包丁が無くなる。秋からは弟子が脇差の火造り練習に入る予定なので各方面に炭入荷先を探している。

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