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刀鍛冶の日々:bizenosahune.blog67.fc2.com/

 

↑ 過去の記事(令和2年4月13日以前のブログ)はこちらで見てください。

 日々の仕事内容や感じたこと、出来事を書いています。

  


4月13日 今日も修理


朝からスプリングハンマーの土台に鉄板を挟み溶接するが毎回ずれて困る。なんとか刺身包丁を鍛えるが火造り前に手梃で身幅と重さを揃えてから火造りとなる。しばらく使っていると自然に治まる時もあるがハンマーが古く全体的にバランスが崩れているので難しい。スプリングハンマーは150万円位と安いが鍛冶場の取り壊しと基礎の造り直しが手間どるし注文作が出来なくなる。鍛冶仕事も体力が落ちて来たのでそんなに長く刀鍛冶を続ける事も無理だろうと思っている。せめてそれまで打ち続けて欲しい。


4月12日 代替休日


2日間スプリングハンマーの修理で疲れたので今日は温泉に行き痛む体を休め、明日から注文の入っている刺身包丁の製作にかかる予定。


4月11日 修理疲れ


ベルハトンマーの打撃力が弱くて打てず。再度解体にかかるがネジ山がつぶれて解体出来ず。もう40年程使っているので無理もなく、グラインダーで切り取り新しいボルトナットに換える。昼前に直るが少し片打ちをする。午後は炭切りをして次回に備える。始めからホームセンターが正規の品物を取り寄せていたらこんなに手間取る事も無かった。2日間疲れ果てる。


ごぜ4月10日 ハンマー使えず


午前中は来客。午後になって昨日Vベルトの交換したハンマーを使うがメーカーによって同じ長さの表示でも違っている。5センチ程違うので打撃力なく手打ちよりもが弱く使い物にならない。他市まで出掛けててやっと同じメーカーのベルトを見つける。明日は2時間程油やグリスで汚れながらの作業となる。ついでに古いボルトも新しくしてなんとか刀鍛冶を止めるまでは使いたい。苦しい時、楽しい時ベエルトハンマーはいつも一緒に仕事をしてきたものである。


4月9日 修理


Vベルトを注文して1週間程になるので農機具店へ出掛ける。注文を忘れていたらしい。違うメーカーでは長さが違うと言ったのに昼にこれで同じ寸法ですから丁度良いですと言って渡されたがスプリングハンマーを解体して取り付けると3cm程の誤差があり、2本のベルトでハンマーを廻しているのだがこれでは片肺飛行である。いい加減な店である。2度と買わない。ハンマーも銑と鋼の溶接が30cm程割れているのでこれも修理。明日鍛錬をしてみなければ調子は不明。


4月8日 山歩き


たたら製鉄の疲れで足が痛く今日は休みたかったが天気も良いので出掛ける。総勢18人がほぼ桜も散った山路を歩く。殆どの人が70代から80代の高齢であるが全員元気で歩くのも早い。少しでも足腰を鍛え生きている間は刀造りを続けたい。一休みをして午後は心療内科へ行き、切れ切れの睡眠をもう少し長く眠る事の出来る薬に変えてもらう。宗像大社の奉納刀も終わり、おまけの人生となったので気分を変えて砂鉄の配合も大きく変えて今迄とは違った地金造りをしたい。試作は包丁でするので失敗しても鋼1キロ位なので負担にはならない。斬れ味も抜群で地金の働きも良く出たテストピースの包丁造りから刀を造りたい。気持は大きく変わりつつある。弟子もいない一人身の気楽さなるか。


4月7日 たたら修了


最近のたたら製鉄4回。砂鉄80キロを使用、玉鋼は32キロを得る。暑くなってきたので雨が降らなければ玉鋼造りは無理となって来た。スプリングハンマーのVベルトが来ないので短刀の地金が造れない。明日は何の仕事をしようかと思う。


4月7日 もゆる思い


砂鉄配合予定3種類に新しく入った砂鉄を加えて玉鋼を造る。少し炭素量が高い様である。奉納式も終わりおまけの人生となったので失敗も覚悟の上で刀工人生に残すのに今迄以上に試作の刀造りに励みたい。後世科学の力を持ってもどの地方の砂鉄でこの様な地金を造ったか解明されない地金を残したい。年齢も74歳であるがまだ余力もある。敬神愛国、東京裁判の不合理を正し憲法改正を目指す真の日本人たる青年がまだこの日本にいるなら共に維新運動の戦烈に立ちたい。日本刀は民族の魂である。赤心報国、尽忠報国の思いは維新運動の原動力である。


4月5日 一息つく


短刀・脇差、刀の中心を仕上げる。午後は明日のたたら製鉄用の砂鉄の選鉱と3種類の砂鉄を混合して炭切り。帰り道研師宅に立ち寄り仕上げ中の寸延べ短刀の出来を見る。地金は見えないがにおい口は明るい様である。研師宅にあと8振り残っているが、これでやっと注文刀も終わり一息つく。


4月4日 大雨の日


昨日の宗像大社奉納式で刀工生活の総決算が出来た。今日は定休日で無情の雨が大きく咲いた庭のしだれ桜を落とす。達成感で疲れ切ったので寝て過ごす。御皇室を護る宗像大社に奉納された刀は永遠に残る。神国日本に生まれた事に父母に感謝する。昼に電話が鳴り大雨の中を鍛冶場へ。九州から包丁を購入に来られた。又帰りて寝る。41年間の刀工生活の疲れがまとまって出た感じである。あと何年刀造りが出来るか判らないが人生最後の作と思って打ち続けたい。


4月3日 奉納式


朝刀袋に2振りの注文刀を手にして九州小倉駅に到着。注文者の中野氏の車で宗像大社に御挨拶をして館内の国宝の品々を神官の御案内で見学。世界遺産に認定された国宝の品々が並び、さすがは海の国宝の博物館。沖ノ島の8万点の国宝の数々が順次展示されていると御聞きする。夕食は種々の御話を聞きながら久し振りに御酒を頂き潮騒を聞きながら床に就く。奉納式の朝は身も心も引き締まるなか本殿で中野氏御夫婦、私と弟子、砂鉄を集めて頂いた戸上御夫婦が参列。赤心報国の刀が由緒ある宗像大社に奉納されて刀工として最高の名誉ある日を迎えた事を鉄の祖神金屋子様に深く感謝を致した日であった。宗像大社の御計らいで会食を致し九州を後にする。日本男子として育てて頂いた父母に感謝をし日本の維新を目指して進む決意。


4月2日 宗像大社奉納へ


4月3日の宗像大社における御刀奉納式に今日九州福岡の地に出発する。注文を受けてより1年半。身の引き締まる思いの3か月間に渡る鍛刀の日々を過ごしたが、各職人さんの協力の御蔭でやっと奉納式を迎える運びとなった。刀工生活40年の節目に御注文を頂き身に余る大役をはたせた事を今朝金屋子神社の大神様に深く感謝を申し上げた。


4月1日 金屋子神社へ


朝4時包丁の荷造り。朝食後金屋子神社の月参り。明日は九州の地へ奉納刀を持って3日の奉納式にのぞむので大神様に御報告を致し、無事奉納式が終える事を御願いする。刀工として40年の総決算に尽忠報国の誠を尽す事が出来て良かった。神国日本の御社にふさわしい益良男調の刀が九州有明の砂鉄で仕上げた。各職人方の協力に深く感謝を申し上げる。


3月31日 代替休日


朝包丁を荷造りして発送。3月は包丁が良く売れた。月曜日はたたら製鉄で出勤したので今日は代休で休み散髪。九州行きの準備をする。外は桜も桃も満開で暖かく、山々も木々が芽吹き一気に気温の上がった1週間であった。今年の夏は暑くなりそうで体力がもつだろうかと心配する。


3月30日 疲れる


2日続けての玉鋼造りは疲れたので今日は包丁の研ぎ直しや、脇差の中心仕立てをする。奉納式も4月3日と日も差し迫っているので体調を整えておかねばならないので今日はゆっくりとする。以前は2、3日続けてたたら製鉄をしても何ともなかったが最近は体力が落ちたのでしんどくなってきた。これが老いるという事か。


3月29日 たたら2日目


今日も20キロの砂鉄を吹く。玉鋼は7.2キロ取れる。体力も落ちたのでたたら炉の組み立てと解体は非常に疲れる。Vベルトが届かず後3日位は毎日たたら製鉄で玉鋼造りの日が続くと思う。今日も岩手県から炭が届き当分炭に困る事は無い。夜十分に睡眠が取れる様になったので助かる。九州の奉納式も近いので体調を整えておかなければならない。


3月28日 たたら製鉄


モーターのVベルトが切れて鍛錬が出来ないので今日は玉鋼造り。昨日予熱をかけてなかったので朝30分程予熱を余分にかける。20キロの砂鉄で8キロ余りの玉鋼が出来る。切断たがねの幅を広くしたので大きな玉鋼も楽に切れる。明日に備えて炉を塗り直し残り火を炉に入れて予熱をかけ砂鉄の選鉱、炭切りをして雨の一日を終わる。睡眠薬も良く効き眠れ出して体調も戻る。


3月27日 焼き入れ


昨日の短刀に土置きをして焼き入れ。曲がりを直して内面応力を抜くのに暫らく寝かす。次の短刀造りをするのに玉鋼を切断している時スプリンがハンマーのベルトが切れる。あちこち探すが直ぐにはVベルトが無く注文するが数日を要する。今朝炭も入荷しているのでたたら炉を塗り替え砂鉄の選鉱をして早仕舞い。昨夜は睡眠薬も良く効いて眠むる事も出来た。これでやっと日常が取り戻せた様である。


3月26日 火造り


昨夜は新しい薬が追加されたので眠る事が出来たがふらつきが続き、短刀の火造りをして焼き入れは大事を取って明日にする。午後は明日早朝の県内産炭入りに備えて炭小屋の片付けをする。来週には岩手県から炭が入荷するのでこれで秋口位迄炭の心配は無いと思う。鍛冶屋は炭と鉄が無ければ仕事にならない。


3月25日 投薬


昨夜は12時から眠れず。今日は休日であったが包丁の注文があったので朝6時に鍛錬場へ荷造りに行き山歩きの前に配送する。病院へ行き2時間程しか眠れない事を話し睡眠時間を長くする薬を追加。今夜は眠る事が出来るだろうか。脳が興奮している。


3月24日 上鍛え


昨夜は6時間寝るも眠りは浅くふらつくも刀の中心仕立てをする。短刀の上鍛えをすまし素延べ迄進める。この季節になると午後は暑くて汗が流れる。最近は包丁の注文も増えてくるので包丁用に使う玉鋼も造らねばならないので岩手県に注文する。鍛錬は午前中のみに行う事にして体力の温存を計る。


3月23日 寝不足


腕と足が痛むので無理をしない包丁研ぎをする。それに睡眠不足で頭も痛むので鍛錬をしても集中できないので傷が出れば全てが終わる。包丁も短刀も注文が増えているので失敗をすれば予定が狂う。明日は仕事内容を変えて気分も変えてみる。


3月22日 振替休日 


昨日平田君の刀が研ぎ上がったので荷造りをして東京に送る。右手の親指と人差し指の筋が痛みと痺れが激しいので鳥取県の温泉2か所を廻る。幾分良くなるが仕事量を減らして対応する。昨夜は初めて6時間の熟睡。以前飲んでいた薬の影響も無くなり新しい睡眠薬が効きだしたのではないだろうか。明日から短刀の上鍛えに入る予定だが体調に応じて仕事内容を変える予定。


3月21日 下鍛え完了


昨夜も眠れず今日は休みだったが弟子が来ているので鍛冶場へ。頭も痛く少しふらつくが短刀の下鍛えをすまし2個の下鍛えの終わった鋼を1個にまとめて早仕舞いをする。心療内科の睡眠薬に変えて3週間も眠れず。こんな時に鍛錬は失敗するので急がず落ち着いた沸かしをしなければならない。


3月20日 短刀始め


朝梃子棒から鍛え始める。鋼は東北、中国、九州の3種類を交えて沸かす。鋼の質が大きく違うのでドロ沸かしで鋼の心迄じっくりと沸かし、あくで丁寧に沸かし1つの鋼の塊りを造る。以後7回の下鍛えで今日は終わる。短刀の注文が4振りきているので鋼の種類全て違えて鍛える事とする。


3月19日 短刀製作準備


陽光うららか、桜も開花始まり萌え出る春もすぐ近くになった。昨日の昼寝があったので昨夜は4時間位の睡眠しかとれず頭痛とふらつき。午前中に九州へ持って行く包丁を仕上げる。午後は明日より始める短刀製作に備えて炭切り。雨の予報もあり5俵を切る。暑いので冬の作業着はしまい、合の作業着にする。3週間余りも眠れない日が続き注文の短刀製作も遅れているが鍛錬が始まれば体の疲れが出るので眠れるかもしれない。短刀4本の製作に40日間を見ている。


3月18日 眠れてくる


昨夜は薬を飲まないで2時間眠る。目覚めた時に薬を飲みて2時間眠る。以後は夢うつつが続きいつも仕事の夢を見ていて、目覚めた時は口の中が異常に渇くが薬の副作用かも知れない。自宅にはまだ睡眠薬もあるし病院だけを頼らずに薬の飲み方も自分の状態に合わせ自分で分析するしかない。朝の山歩きを終わって夕方迄はぐっすりと眠れた。この調子なら数日もすると刀造りに戻れるかもしれない。


3月17日 眠れず


昨夜も1時間余りで目覚め朝迄眠れず。こんなに眠れないのは初めてである。頭痛とふらつきで車を運転できる状態ではないので休んで寝る。困ったことである。後半日あれば包丁も終わり短刀製作に入る予定が狂う。


3月16日 眠れず


1時間程しか眠れなかったので朝鍛冶場に出掛ける途中に吉井川の堤防で1時間寝る。それでも頭痛とふらつきがあるので鍛冶場で10時迄寝る。本当にこの薬が合っているのだろうかと思う。今日包丁を研ぎ上げる予定だったが1本だけ研ぎ上げて他のホームセンターを廻り砥石を探す。夕方迄休むがふらつきは取れず。夜眠れないのが一番こたえる。


3月15日 火造り・焼入れ


昨夜は良く眠れたので調子も良い。2日前に素延べをした包丁2本を火造り、焼入れ。ベルトサンダーで荒砥ぎをすまし帰り道ホームセンターで砥石2本を買う。今迄使っていた砥石はどこのホームセンターを廻っても無くなった。砥石によってはメーカーが生産を止めている砥石もある。弟子達はどうしているだろうか。研師さんに短刀・脇差二振りを研ぎに出す。研師さんも忙しく今関東の刀二振りの下地研ぎをしている。研師さんは今年80歳の高齢であるが私は80歳迄作刀を続ける事は無理と思う。包丁位なら続ける事が出来るかもしれない。


3月14日 温泉へ


午前中に登録の終わった短刀・脇差を渡して温泉に行き体の疲れと頭の疲れをいやす。これで明日から包丁造りに入り来週から短刀の製作に入る予定。今夜は眠れそうである。


3月13日 眠れず


昨夜は1時間程寝て目覚め朝迄眠れず。睡眠薬が全く聞かず反対に脳を興奮させているのではないかと思う。鍛冶場に出ても頭が痛み帰りて寝るが眠れず。体は疲れても脳は眠れ目覚めている。今夜勉強会に出るのは少ししんどい。明日注文者に刀を渡したら温泉に出かけてのんびり心身を休めたほうが良いかもしれない。


3月12日 薬効果なし


昨日の薬に期待していたが眠れたのは1時間半だけ。朝迄眠れなく今日は頭痛とふらつきで大変であった。それでも配合の異なる鋼を積み沸かして7回折り返す。鋼の性質が違うので鍛接は十分でなく、ドロ沸かしで温度を強めに沸かす。午後に素延べ2本を造り、火造りは明日にして梃子棒を造るのに降し金をする。この2本の包丁を造れば注文の短刀製作に入る予定だが体調の具合を考えて進める。


3月11日 病院へ


朝公園の山歩きを終えて耳鼻科へ。10年余り前から耳鳴りが始まり月1回の投薬を受けるが50年近く鋼を打ち続けた昔の影響は大きく、これ以上悪化をさせないための薬で耳鳴りは治らない。午後は心療内科へ。最近の薬で4時間は眠れる予定だが2日に1回は2時間程しか眠れない。それでも亡くなった弟子の事を夜中に思わなくなったので今回の薬を続ける事にして眠れる時間を長くした量にする。今夜眠れることを期待している。精神が安定していないと刀造りは難しい。


3月10日 用意


昨夜は12時に目覚めて朝迄眠る事が出来なく朝から頭痛とふらつきの残る1日であった。注文の包丁を荷造りりして発送。午後からは金曜日から始める鍛錬に備えて炭切り。金曜日から雨が続く予報なので多めに炭を切る。4月3日に行われる刀の奉納式は自費の予定で九州迄行くつもりであったが注文者が電車代を負担。宿は御宮さんの方で手配を頂き全て無料になったので感謝の気持ちで包丁2本を造って御土産にするつもり。今は時間的余裕もあり斬れ味の良い包丁を造って使って頂きたい。


3月9日 登録日


月1回の登録日は自宅から1時間20分程離れた県西部の備中松山城のある城下町。毎年登録者の少ない会場で昼に帰り鍛冶場へ。日曜日に焼入れをした包丁2本研ぐ。明日は柄を付けて終わる。単一の鋼なので刃の働きは無し。今日の登録短刀は大肌で映りも出ており脇差の刃の働きは賑やかで外国の砂鉄では決して出来ない出来である。


3月8日 振替休日


大阪から弟子の山本君が帰り、土・日と久し振りに仕事をしたので私も日曜出勤となり少し頑張りすぎたので疲れて休む。今日は市から経済アンケート調査2通を作り返送。支払い等も済ます。午後は明日の刀剣登録会場で登録する短刀と脇差の完了報告書を書き終える。週休2日制となってからの体の疲れが幾分楽になる。自分では老人と思っていなくても体が疲れる。これが老人になった証拠と思う。そして思った以上に包丁の注文も有り在庫も作り置きをしなければならず毎日が忙しく週休2日制にしたのが正解であった。


3月7日 注文包丁


昨日午後に鍛えた包丁2本を火造り、土置きをして昼には焼入れ。単一の玉鋼なので傷も出ないが地金としては鍛肌も見えなく面白くない。商品として販売するには苦労の無い玉鋼である。納品まで時間があるので3月の登録日後に研ぐ予定。脇差と短刀が研ぎ上がったので後は刀2振りと脇差1振り、計3振り出来れば昨年に造った注文の23振りは全て終わる。私の刀を研いでいる研師さんは岡山県内の最高齢で80歳、非常に元気で私の家から車で5分の同じ団地に住んでいる。私の刀造り、特に地金造りから刀の出来迄を1番知っている。奉納刀も研いで頂き感謝。私が刀造りを止める迄御元気であって欲しい。私もまもなく74歳になるので刀造りも肉体的にきつくなっているので合間に包丁造りで地金の研究時間を入れて体力の保持を計らなければならない。


3月6日 久し振り


睡眠薬の残る状態であったが弟子が2カ月振りに大阪から帰ってきて焼入れをする。この2か月間一人仕事であったので仕事相手も出来て楽しかった。午後からは時折り見学に来る青年も折り返し鍛錬を夕方迄見学する。寂しかった鍛冶場に話の花が咲いた様な一日を過ごす。夕方には鍛錬も終わり在庫の無い包丁の注文を明日は火造り、焼入れ迄進める予定。


3月5日 焼入れ


心療内科の睡眠薬にやっと慣れてくる。それでも朝から夕方にかけてのふらつきと頭がぼけて意識が薄まっている状態は続く。包丁に土置きをして2本を焼入れして昼前から2時過ぎ迄かけて研ぎ柄を付ける。時間も有るので明日の鍛錬用炭3俵を切る。4月3日に九州の御宮に奉納する時間等のスケジュール表が注文者から送られてくる。明日はカメラ撮影のA君が来るので有休を取れるかを聞いてスケジュール表を見て打合せの予定。刀工生活としてはこれが最後の奉納刀になるので記念に残したいと思う。


3月4日 包丁注文増


昨日はふくれの出る鋼で鍛錬回数も多くペダルを踏む右足が痛み右手も痺れるので朝の山歩きは中止したかったが、同年代の男女も元気に歩いているので負けまいとやっと歩き帰りに包丁を送る。 今朝も包丁の注文が2本が入り在庫も無くなったので休日出勤して焼入れをしようかとも思ったが少し熱もあるので一日寝て休む事にした。 最近包丁の注文が多いのはユーチューブの影響なのだろうかと思っている。 武漢ウイルスで1年前から例年に比べて刀剣の注文が大きく減ったが昨年に比べて包丁の注文は非常に多くなっている。 刀と比べて包丁は2日間程で出来て仕事が早く失敗も少なくテストピースを兼ねるので勉強にもなり包丁用のの砂鉄は十分にあり鋼も十分。 近々動画が出る予定で注文は増えるので炭切りのアルバイトが欲しいが、素人には鉈で指を落とす危険もあり弟子を取れば最低5年間修行をさし独立後の面倒を見る必要があり年齢的には無理。 12月から専業の刀工として復帰する山本君の力を借りる以外に方法が無い。 あと9カ月も一人作業は続く。


3月3日 鍛錬始める


新しい薬に慣れるのに睡眠の入る時間と効果の始まる時間を考えたり、電気毛布の温度設定と口にテープを張って口呼吸を止めたりと調整を計りなんとか眠れる時間を多くしたが朝のふらつきが残り仕事始めの時間を遅くする。今迄の睡眠薬は強い作用が残り手離せなくなる作用のある事を医師や薬剤師から言われていたので、今回は心療内科医の薬に頼る事として多少ぼやける頭で鍛錬を始める。ふくれが多く沸かし直しを多くしたので刀剣にするには炭素量が低いので包丁にして火造りし、ベルトサンダーで肉置きを整える。次回は焼き入れ在庫の無い包丁にする。


3月2日 眠れない夜


夜半から風が強くなり、明け方近くには大雨が降る。5日前に別の病院で新しく製造された睡眠薬に変更するが眠れない夜が続く。宅急便も配達されているので横殴りの大雨の中を鍛冶場に出るが頭痛とふらつきで調子も悪く休日として寝るが眠る事が出来ない。体調の悪い時に鍛錬をして傷を出すよりは休んだ方が良い。今夜眠る事が出来れば良いが、包丁の注文も在庫が少なくなっているので明日は単一の砂鉄の鋼を鍛えて早く在庫を造りたい。


3月1日 金屋子神社へ


朝起床して胃と咽の痛みは取れずふらつくが今夜から明日にかけて大雨の予想なので無理を押して参拝へ。丁度昼に金屋子神社に参拝。駐車場と境内は1メートルほどの雪が残る。最近1週間程は体調がすぐれない。雪の中で大祓詞を陳べて3月も元気である事を御願いする。帰り道米子市で包丁の柄を求めて夕方帰る。家での神拝より、やはり本宮での神拝だと身も心も引き締まる。


2月28日 横たわりて


夜半から胃が痛むので今日は薬局で薬を求めて一日を横たわる。明日の金屋子神社の月参りが無事出来る様に体調を整えておかねば軽四で往復400キロ余りを1人で運転して参拝するのは難しい。最近は体力も落ちているが月初めに参拝して1カ月を健康で過ごす事を御願いしなければならないと思っている。金屋子神社は鉄の神様であり、たたら製鉄から鋼を造っている私としては刀造りを続ける体力がある限りは参拝して私が生きた証が残せる様に御願いしたい。もうすぐ春には74歳になるので1月から73歳最後の作の寸延び短刀を気分の乗った時に造っていたが、やっと出来て工作に出してあり後は仕上げ研ぎが出来るのは73歳から74歳に成る頃だろう。


2月27日 半ドンの日


贈答用の包丁を仕上げてクルミの木の柄をつける。今日は寒い西風が吹くので寒さしのぎにビニールの雨合羽を着ると体温も逃げないので結構温かい。3月よりの鍛錬に備えて炭切りをするが鉈を使う親指の手の平がはれて痛み右腕も痺れる。包丁の注文も有り結構忙しいが無理をしないように今日は昼で半ドンにする。私の一門の弟子には砂鉄から玉鋼を造る技術を教えてあり、包丁の製作には数量の規制が無いので注文があれば砂鉄の混合比を変えたり鋼の種類を変えて刀のテストピースとして日本刀包丁造りを教えてあり。私の沢山の弟子がいる時リーマンショックにあったが包丁の御蔭でなんとか持ちこたえた。刀の収入以外にサイドビジネスと、研究を兼ねた包丁造りも大切である。


2月26日 久し振りの眠り


新しい心療内科の薬は2時間程良く眠れるがその後は夢うつつの状態で時折目覚めてすぐに又夢うつつ状態で、眠りは浅いが朝5時位迄眠れている。医師は眠れないだけの問題でうつ病ではないと言われた。一安心。先日焼入れをした刺身包丁を再度焼入れをして研ぐ。明日午前中には柄を付けて仕上がる予定。斬味は良いが傷が出るのがこの地金の欠点であるが刃の働きは金筋も出て面白い地金である。来週からは寸延び短刀と脇差製作予定。


2月25日 


朝山歩きで足腰を鍛え、その足で新しい心療内科へ行き予約を取り夕方5時にまた病院へ。症状を伝えて良く眠れる最新の薬をもらう。睡眠不足でふらつく時や頭の痛い時もあり、どうして眠れないのかと思う。今日の薬が効けば良いのだが。まだしたい地金の研究もあり調子の良い状態で刀を造らねばならない。それに武漢ウイルスのワクチン接種も大幅に遅れそうであり感染しない様に気を付けねばならない。